蜷局を巻くもの

蜷局を巻くもの

幼いころ、僕は虫が大好きだった。

庭でナメクジを見つければ塩を取りに台所まで走り、カメムシがいれば金槌で叩き潰した。


母の悲鳴が聞こえたら絶好のチャンスだ。

すぐに駆け寄り、虫がいないか探したものだ。


虫の体は面白い。

叩き潰されても声なんか出さない。

脚も簡単にもげてしまう。


ミミズを踏み潰した。

トカゲに石を投げた。

ハエに熱湯をかけた。

クワガタの雄と雌を小さな箱に入れておいた。


その日僕は、和室の障子を開けてあることに気付いた。

部屋の奥の方、神棚のすぐ下に何か黒いものがあった。


黒くて丸くて大きなそれ。

近づいてみると、蠢いていることに気付いた。


そこにいたのはたくさんの蟻だった。

蟻が、神棚の下で蜷局を巻いて回っている。


蚊取り線香のような形で密集し、列をなした蟻たち。

中央に向かって歩いているようだが、先頭はどうなっているんだろう。


途端に僕は全身に鳥肌が立つのを感じた。


「お母さん…」


障子の外に出て母を呼ぶと、母は息子のただならぬ様子を見て怪訝そうにした。

そして母も見た。蜷局を巻いた蟻を。


「あんたは出てなさい」


母はそう言うと、和室に入って障子を閉めた。


僕はそれっきり、虫がまったくダメになってしまった。

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