して本日は? どのような? ご用向きで?

 頭を抱えて天を仰ぐアルバートを落ち着かせつつ、わたくしは残りの時間を楽しむためにクッキーを食べて紅茶を飲んだ。気分を上げるときは甘いものにかぎる。


 さて、魔王はどんな手を繰り出してくるのやら。




「お久しぶりです、ロード・ロビンソン。やあ、レディ・ヘレナ」


 魔王ことヴィンセントは客間の椅子から立ち上がると、アルバートと握手をしてからわたくしに向かって軽く片手を上げた。普通は女性から目配せなり何なりされないかぎり、男性は話しかけてはいけないのだが、赤き浮き名の魔王にはそんなマナーは存在しないらしい。


 黒いフロックコートにグレーのズボン、光を弾く黒の革靴、濃いグレーのウエストコート、ボタンホールとポケットをつなぐ懐中時計飾りの金の鎖。瞳と同じ赤いタイ。緩くくせのある白めの金髪に、微笑み。今日も見目麗しい。


 ヴィンセントから一歩引いたところに、黒のフロックコートを着た焦げ茶の髪の男性が立っていた。ヴィンセントの従者だろう。かなり背が高く、おそらく年は少し上、無表情だが下手をするとヴィンセントより見目麗しいかもしれない。従者まで美しい者を連れているとは魔王は恐ろしい。


 ヴィンセントとテーブルを挟んでアルバートとわたくしが座り、パーラーメイドがお茶とお菓子を置いた。


「して本日は? どのような? ご用向きで?」


 アルバートが目を見開いていて怖いが、ヴィンセントはまったく意に介さず微笑む。


「先日の舞踏会でレディ・ヘレナと意気投合しまして。レディは新進気鋭から大御所まで画家の描く肖像画の構成に興味を持っているということで」


「異議ありですロード! あなたはヘレナの扇子護身術に興味を持たれたのでは?」


「扇子護身術……そうですね。彼女の扇子に対する愛に僕から興味を持ちました。特に顔の隠し具合が素晴らしい」


「ロードもお分かりになるのか! あなどれませんね」


 さっきついたうそで話がとんでもない方向に行きかけたが、ヴィンセントが滑らかすぎるほどに受け流してくれた。さすが浮き名がすごいだけある。心臓に悪いので、おほめいただいたとおり扇子をひらいて顔を隠しぎみにした。


「それで芸術の話になりまして。母校の図書館の本を貸すという約束をしたのです」


 まったく心当たりがない。


「ロード・ブラッドロー。申し訳ありません、先日は婚約破棄の件で記憶があいまいで、そんなお約束なさいましたか?」


「嫌だなレディ。あんなに肖像画に興味があると言っていたじゃないか。年齢による体型の描き方の違いとか。特に上半身画に」


 んん? ええと……これは『胸を大きくするための方法が書いてある本を探しにいこう』ということだろうか?


 たしかにコルセットで腰を細くする方法は知っていても、胸を大きくする方法は知らない。そろそろ調べなければいけないと思っていたところだったが。

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