気づいて!

コウキング

第1話「挨拶できたらなぁ。」

  俺の名は、井園鋼。白鷺学園高等部2年だ。顔は下の下の下、運動苦手だし、勉強も苦手。何一つ取り柄のない哀れな人間だ。そんな俺でも青春を謳歌している。俺のお気に入りはこいつだ。


  井園は、窓際に座る鮮やかな黒色の少し長めのショートヘアの女子生徒に目をやる。名を、大沢美沙。文武両道で容姿端麗。男女共に人気で、井園とは正反対だ。


「あっ。おはよう。井園君。あのさ、放課後暇?」


 大沢は、井園の席に近づき、目線をずらしながら話す。彼女の頬は少し赤く、どこか緊張気味だ。


「そうだな。アレは、明日に回すとして、うん、予定は無いな。問題ない。何かあるのか?」


 白紙の手帳を開き、常に忙しいアピールをしつつ、君の為に予定を開けた。そう思わせるように言う。


「そう。良かった。予定が無いんだったら、放課後一緒に帰らない?」

「分かった。一緒に帰ろう。」


  よし。脳内シュミレーションは完璧だ。忙しい中、私の為に時間を割いてくれる井園君、好き。と、思うに違いない。颯爽と華麗に、おはようと。いや待て、ここは、知的に、優雅に言うべきでは?いや、上品かつ、金持ちみたいな感じに、いや、そもそも話しかけて良いのかなぁ?⋯⋯。


 井園が苦闘してる中、それを平然とやってのける猛者が現れた。陽キャの1人、酒井だ。


「大沢さん。おはよう。今日も綺麗だね。」

「ありがとう。酒井君。」


  酒井!!。何言ってやがる。この俺でさえ、おはようって言うのに勇気がいるのに。しかも、綺麗だと?確かに、大沢は綺麗だし、美人だし、可愛いし、好きだけど。だからって、いきなり言うことは無いだろ?すげぇ嫌な顔をしてるに違いな、


  井園は、再び大沢に目をやる。大沢は、満更でもない顔をしていた。


 よし。でかした酒井。君に頼んで正解だ。(※頼んでいません。)これなら、俺が言っても。


「大沢さん。おはよう。今日も綺麗だね。」

「は?キモイんだけど。」


  ん?どうやら俺の脳内シュミレーターが壊れているようだ。もう一度試そう。


「大沢さん。おはよう。今日も綺麗「は?キモ。」」


  あれ〜?さっきより、は?のスピード上がってね?3度目の正直だ。


「おおさ「は?キモ。話しかけんな。」」


  名前すら呼ばせてくれない。それどころか、3連チャンでキモが来たんだけど。まぁ、結果は分からないし、とりあえず試してみよう。まずは席を立とう。いや、待てよ。もしも脳内シュミレーターが壊れてないのなら、俺は、犬死してしまう。よし、ステイ、ステイ。危うく黒歴史を作るところだった。ひとまず落ち着け。もう一度脳内シュミレーターを。


  ああだこうだ考えているうちに、学校のチャイムが鳴る。


  しまった。もうこんな時間。昨日に続き今日も、おはようを言えなかった。しかし、お昼一緒にどう?が俺には残ってる。それに、とっておきの切り札もある。多少の狂いがあれど、俺には関係ないね。


  朝のホームルームが行われると、担任が黒板に、来週行われる遠足の内容を書き始めた。



「来週遠足があるんだが、3人1組になって、回ってくれ。」


  遠足。それは、俺にとっての戦場。この行事をきっかけに仲良くなれるかもしれない。しかし、3人1組か。無理じゃね?そもそも、2人1組ですら、困難なのに、3人1組とか、無理ゲーですわ。最初の草むらにラスボスが出るくらい無理ゲーですわ。ん?いや待てよ。これはチャンスなのでは?今こそ、誘うべきでは?まずはシュミレーションをしよう。


「大沢さん。誰と回るか決まった?」

「1人は決めてるんだけど、もう1人が誰と行こうか迷ってて。」


  ほうほう。1人は決めてるんだな。その1人は、友人だとしてだな。あとひと枠。本人は、迷っていると言ってる。一体誰と行く気なんだ?


「ちなみに決めてる1人って誰なんだ?」

「えっとね?」


  大沢は、急に黙り込むと、チラッとこちらに視線を向けた。


「もしかして、俺?」

「その、嫌じゃなかったらだけど。いや、無理しなくてもいいんだよ?一緒に回る人がいれば断ってくれていいし、私の願望って言うかさ、一緒に回りたいなぁ〜みたいな感じだから。うん。ほんと、無理しなくていいから。」

「じゃあ回るか。その、俺も、一緒に回りたいって思ってたから。」

「え?ほんと!?嬉しい。ありがとー。」


  よし、完璧だ。シュミレーションも終わったことだし、いざ、出陣。いや、待てよ。もしかしたら⋯⋯。


  再び、シュミレーションを始めた。色々な可能性を1つづつシュミレーションしていく。しかし、そのシュミレーションは無意味に終わった。仲のいい女子2人が大沢の近くに行き、誘ったからである。


「ねぇ、大沢。一緒に回ろ。」

「いいよ。」


 うん。終わった。声をかけることも出来ずに終わった。だが、まだチャンスはある。だって、遠足は始まってないのだから。


第1話「挨拶できたらなぁ。」~完~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る