第4話 聞いたら終わり
そんな生活が続き、花川くんも無事高校生になった頃。私の病気は膝まで石化が続き、止まったと思ったら今度は手の指先が同じ症状を起こしていた。足は普通に靴や厚めのタイツ、スーツの裾で隠れたけれど、指はそうも行かない。客には「手荒れしまして」と綿の手袋で誤魔化した。
指先が駄目になってくると、日常生活にもかなりの影響が出てくる。例えばご飯はスプーンとかフォークを上手いこと指の間に挟まないと食べられないし、眉も上手く整えられない。頭と身体を洗うのは力の加減で何とか。顔は手のひらで大雑把にやるしかなかった。まぁどれもこれも、石とそうじゃない部分の間に起こる炎症の痛みに耐えての話だ。
こういった状態に陥っても花川くんは、いつも笑顔で変わらない。いや、私の指がとても痛くて何も出来ない時は、代わりに全てをやってくれるので、世話の総量は増えているのだけれど――毎日のように『街の便利屋さん』とアパートの送迎をこなし、学業と両立させていた。ついでに言えば、告白の回数は五十六回に及んでいる。こんな奇病持ちの年上女にどういう執着だよとは思うが、花川くんの想いが本物なのは十分解った。なのでその夜、いつだったか「聞いたら終わりかな」と思っていた内容を花川くんに尋ねてみる。
「あのさー、私のどこがそんなに好きなの?」
「覚えてませんか? 僕は『街の便利屋さん』の客だったんですよ。いや、正確には客じゃないか。小学六年生の僕がお財布を落としてしまって、困っていたら『街の便利屋さん』の看板が目に入ったんです」
「四年ほど前か、悪いが覚えていないな」
「僕はお財布を探して貰おうと『街の便利屋さん』に入りました。そしたら礼田さんが優しく対応してくれて、交番に届けたり一緒に探したりしてくれたんですよ! そして無事にお財布は見つかりました!」
「覚えてないけど、我ながらグッジョブ!」
ぱちぱち~と私は自分に拍手した。小学生相手に何を一生懸命やってるんだとは思ったが、たぶんヒマだったんだろう。
「まぁ切っ掛けはソレですね……ふわふわした初恋だったんだろうなぁ。それに気づいたのが中学一年生という訳です。気づく直前まで荒れてたんですけど、判ってからは落ち着きました」
「へぇ~、荒れさせて悪かったな。私の事が無ければご両親との別居も必要無かったんじゃ……」
「いえいえ、僕の中の問題です! えーっと、あとはそうだなぁ~、礼田さんのどこが好きかなぁ……白い肌に茶色い髪は色素が薄くて好きですね! 長い髪の毛をお団子にしてますけど、これけっこう揉み心地いいですよ! あとは、可愛い顔立ち、ちょっとした仕草、優しい性格……うん、性格の割合が一番高いかな。強がって大人ぶってるところも可愛いし、気づいてないでしょうが少し突っつくと甘い物が『これでもか』という程に飛び出てきます。身体の相性も最高でした」
「……物好きな。しかもコレと言って大した内容じゃないね。いま花川くんが私に対して頑張ってくれてる苦労に見合わないというか……」
「僕としては立派な理由ですけど、礼田さんがそう思うなら、まだ気づいてない部分で惹かれてるのかもしれないです」
「なるほど……はは、なんつーかポジティブ……すごい」
この時、私は「どうせ残り少ない人生だ。こんな一途に好いてくれ、嫌な顔ひとつせず面倒を看てくれる、花川くんに全部渡してもいいんじゃないか」と思っていた。やっぱり「聞いたら終わり」というやつだ。なので、五十七回目は受け入れる。花川くんは断られるのに慣れていたから、今回もそうだと高を括っており、最初は普通の表情をしていたが、そのうちジワジワと赤面して何度も何度も私に確かめてきた。「酒は入ってないか」「世話をしてるから御礼のつもりじゃないか」――その他もろもろ、頭が良くて気が利く子ならではのチェックリストが私を襲う。私の想いは「御礼」に近かったが、献身的な花川くんに絆されたのは事実。それを伝えたら嬉しそうに頷いている。
「僕、絆されるのは悪くないと思います。やっと口説けた~! って感じで」
「まぁ、もともと『中学生の戯言だな』的に考えてただけで、花川くんの事は嫌いじゃなかったし」
「良かった、じゃあ今晩は記念すべき夜にしましょうね」
「なんだ? スプーンやフォークの類が上手く使えないから、食事に行くなら個室じゃないとしんどいよ」
「うーん、もっとしんどいかなぁ」
その晩、私はシラフで花川くんに抱かれた。私は照れる一方、花川くんはとても嬉し気。何回言っても照明を消さなかった事だけは、翌朝に叱ったけれど。
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