第3話 諦めの悪い良いやつだ

 驚いた私がぱくぱくと、鯉か金魚みたいに言葉を発せられない中、花川くんはにこにこ笑っている。確か花川くんは現在中学三年生、つまり十五歳という感じだろうか。印象は十四歳の時とあまり変わらなかった。いや、少しだけ黒髪が伸びたかもしれない。

 しばらく経つと私も落ち着いてきて、やっと花川くんに話しかける事ができた。

「は、花川くん、どうしてここに!?」

「えっと、毛利さんとメールしてたら、色々な情報が入って来ました」

「あー……まぁ、口止めはしてなかったな」

「礼田さんは原因不明の奇病に罹ったそうですね。足が大理石になってると聞きました」

「ああ……たぶん世界初の症例だ」

「ちょっと失礼」

 花川くんが私のあちらこちらに触れる。

「な、何を……!?」

「うーん、誰かに呪われたとか、悪霊に憑りつかれてる感じは無いですね。超能力で視ました」

「そっか、ありがと……じゃあ本当に奇病なだけか」

 私が俯いたので、ちょっとした間が空く。そこに花川くんが例のごとく告白を開始した。私の記憶が正しければ通算四十四回目だ。

「僕は礼田さんが好きなので、こうなったら看病も兼ねて一緒に住みたいです。僕は礼田さんの身体を浮かせられるし、便利ですよ」

「いや、花川くん……付き合ってもいないのに、そんな」

「これは僕のわがまま、かつ自己満足だと思ってください。生活の細かいことは僕がやりますから、退院してアパートに戻りましょう。ワンルームだし、落ち着いたら引っ越しも考えて欲しいかな」

「ちょっと待っ――」

「朝は学校の前に礼田さんを『街の便利屋さん』へ送って、『街の便利屋さん』が終業する頃に迎えに行くって感じでどうですか? そうしたら仕事が出来て、毛利さんや吉岡さん、大久保さんとも、ほぼ今まで通りですし……」

 花川くんは私の悩みをよく解っている。平たく言えば、終末まで私がどう過ごしたいか、という。しかも花川くんから出てきた「わがまま」「自己満足」という『言葉の気遣い』は、私の遠慮する心を軽くさせた。こりゃあ大真面目の提案だ。

 とはいえ、花川くんはまだ中学生。しかもミネアポリスに行ったのは、お父さんの転勤と、ご両親との再構築を兼ねていたはず。私は気になる事を尋ねてみた。

「花川くんは、ご両親と上手く行ってるの?」

「その辺は平気ですね。三人暮らしもすっかり慣れました」

「じゃあ、お父さんの仕事の都合で日本に戻ってきたとか?」

「いえ、両親はまだミネアポリスに。今回は『僕の大事な人が困ってるから、助けに行きたい』と言っただけです。こういうのを許してくれるくらい、お互いの理解が深まったという話で」

「ああー……そういう」

「僕は相変わらず礼田さんが好きなんです。今日はアパートの掃除と僕が同居する準備をして、明日には迎えに来ますね!」

 花川くんは有無を言わせず、四十五回目の告白と共に消えてしまう。私は「そんな簡単にコトが運ぶのか?」と口を開けていた訳だが、それに気づいて表情を元に戻せば、もう花川くんとの新生活について思いを馳せていた。どう考えても私にとって良い事だらけの条件だから「申し訳ない」と辞退するべきなのに、心の中は素直に喜んでいる。

(花川くんに負担を掛けるけど、この強引さと『言葉の気遣い』が、考慮とかそういう気分を吹き飛ばすからだな……ただまぁ、自分の生活を投げ打っての四十五回目ってのは凄いんじゃないか。諦めの悪いやつだ)


 その翌日、私は本当に退院した。二週に一度の通院は義務だが、住み慣れているアパートに戻った私の心は軽い。しかし、シングルベッドがセミダブルになっているのには驚いた。花川くん曰く、ワンルームだからダブルだと食事をするスペースが無くなるのでという話だが。ちょっと聞いてみると、花川くんは二人で同じベッドを使うつもりらしかった。

「あのさー、私の面倒を看る代わりに、身体とか要求されちゃうわけ?」

「いえいえ、酔った時の事で懲りてますから……シラフで合意しなきゃ何もしませんよ。ですが、今後は僕も頑張りますし、毎日礼田さんの温もりを感じて寝るという役得があってもいいと思いませんか?」

「ははっ、その辺は正直で逆に好感が持てるわ」

 私は久しぶりに爆笑した。昨日思った事にちょっと訂正。花川くんは『諦めの悪い良いやつ』だ。


 その花川くんだが、彼は病院で言っていた通りに私の世話をしてくれた。中三だし学業と平行しての看病は大変だと思うのだが、もともと頭のいい子なので受験勉強の「じゅ」の字も出さない。ちょっと気になったので志望校を聞いてみたら、ここら辺じゃ一番いい公立だった。それが余裕の圏内なのだから大した物だと思う。


 その間に、私の病状の方は足首くらいまで進んでいた。切除という刺激を加えたせいだろうか、悪化の速度が凄い。皮膚と石の間が痛むのは相変わらず、しかも石の部分が重いのでヘタをすれば千切れそうだし、医者からも安静を言い渡される。どうしても動きたい場合は車椅子を使えという話になった。つまり、花川くんが浮かせてくれなければ、アパートの階段を下りる事すら難しい。花川くんには感謝せねば。しかも花川くんは「車椅子になったのなら機会が来たという感じですね」とバリアフリーでアパートの一階という物件を探し、軽作業をこなすが如く引越しを完了させ、自宅用と外出用の車椅子も病院から借り受けて用意してくれた。

 その外出用を使い、私は『街の便利屋さん』で過ごす訳だが――『街の便利屋さん』はバリアフリーなんていう洒落た場所じゃないので、トイレに移動する時などは従業員の世話になるしかない。みんな嫌な顔ひとつしないが、私の方は申し訳ない気分で一杯だ。でもまぁ私の『街の便利屋さん』だし、出来るだけここで過ごしていたい。

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