第2話 その黒百合は私だけのもの(聖女視点)

 私が日本人だった記憶を思い出したのは十四歳の時だった。

 前世で自分が事故死したのと同じ年齢だったので少し笑ってしまった。


 サクラ、それが私の名前。

 父親は私が赤ちゃんの頃貴族の馬車に撥ねられて死んだらしい。

 そして母は父の分まで働いて私を養おうとした結果五年前に過労死。

 それからずっと子沢山の叔父の家に厄介になっていた。 

 悪い人たちでは無いと思う。

 寧ろ親戚とはいえ他人の子供を養ってくれている善人だろう。


 でも日本で暮らしていた記憶の戻った私に、固く不味いパンさえ毎食は食べられないような貧しい暮らしは辛かった。

 それに小さな家で大勢でぎゅうぎゅう暮らすのもだ。記憶が戻った今彼らは他人だった。

 子供の世話をするのも当たり前、家事を手伝うのも当たり前、外で小銭を稼ぐため働くのも当たり前。

 私はまだ十四歳の子供だっていうのに。


 地獄に来たのかなって毎日思って暮らしていた。

 一番嫌なのは近所の子供や老人が病気であっさり死んでしまうことだった。

 ただの風邪にしか見えなかったのに。薬を買うお金も、病気に抗う体力もないから。

 魔物なんかよりもそっちの方がずっと怖かった。


 そんなある日、一緒に暮らしている子供で一番ちびのマールが熱を出した。

 薬代なんて無くて、水をひたすら飲ませるしかなかった。

 でも熱は下がらなくて、そして私以外の家族はマールが死ぬことをどこか受け入れているようだった。


 だけど私は絶対嫌だった。子供も子供の世話も好きじゃないけど、だからといって簡単に死ぬなんて駄目だ。

 でも何も出来ないからずっと傍にいて小さな手を握っていた。助かりますように。奇跡が起きますようにって。

 そうしたら本当に奇跡が起きた。


『優しい娘よ、貴女にわたくしの力を授けましょう』


 そんな声が明け方聞こえてきて、私はその日から光の魔力の保有者になった。

 

 突然手に入れた力でマールは助かった。

 熱だけでなく小さな傷とかも治せることを知ったので近所でお医者さんもどきをやった。

 お金は取ってない。だって皆貧乏だったからだ。お金なんて無いのだ。


 そうしたらある日、馬車が家の前に止まった。男爵家が私を子供にしたいらしい。

 叔父がここよりは良い暮らしができるからなと言って私をその馬車に乗せた。

 意思なんて全く確認されなかった。

 ああ、売られたんだなって思ったけど恨みはなかった。

 お金がないって本当辛いことだものね。


 私はもうこんな世界で生きていることが地獄だなって思ってるけど。


 私を買ったのはスノーホワイトというやたらキラキラした名前の男爵家だった。

 その家の養女にされた私の衣食住は格段にレベルアップした。

 ただそれは期限付き。

 数か月後に入る魔法学園を卒業するまでに聖女認定されなければ追い出される。

 王族か高位貴族の子弟と身も心も親密になれば話は別だがなと不快な笑みで付け加えられた。


 そして淑女教育とやらをされて、私は益々この世界が嫌になってきた。

 体罰が当たり前、食事抜きも当たり前、性差別も当たり前。貴族にとって平民の命は虫レベル。

 理不尽と不平等とその結果の死が満ち溢れ過ぎている。

 さらにここは生前プレイしていた『サクラ乙女は禁断の恋に迷う』の世界らしいと知ってショックを受けた。


 キラキラした乙女ゲームの中はこんなにも腐っていたのかとガッカリした。

 同時に自分がゲームの世界の住人になっていると気づいたことで枷が外れた。

 もうさっさと死んでリセットしちゃおう。次は日本が舞台のゲームがいいな。


 そう思って果物ナイフで首をかき切ってみた。しかし痛みに気絶しただけで傷跡一つ残らなかった。

 どうやら私は死ねないらしかった。ヒロイン補正という奴だろうか。

 死にたいのに死ねないなんて呪いじゃん。

 私は頑張って死ぬ方法を毎日考えて、結果ある人物を思い出した。


 ゲームに出てくる悪役令嬢。闇魔法の使い手リリーナ・ノワール。

 彼女が関わるバッドエンドでだけ、ヒロインは明確に死亡した。

 つまり彼女を怒らせて殺して貰えばいいのだ。闇魔法一発で即死させてくれそうだし。

 そう目的が決まったので私は淑女教育をさぼりつつ入学式を待ち望んだ。


 桜の花が舞い散る中、酷く目立つ容姿のリリーナはすぐ見つかった。

 だから私はその美人過ぎる死神に向かって叫んだのだ。

 悪役令嬢、と。

 

 間近で見るリリーナは本当に綺麗で、お姫様を通り越して月の女神様みたいだった。

 彼女に殺されるならある意味ハッピーエンドではなんて思った。

 その時からなんかもう恋に落ちちゃったのかもしれない。

 でも彼女は私を殺さなかった。


 だから死ねなかった私は、自分がこの世界を楽しむ為に努力しようと思った。

 その為に絶対リリーナと仲良くなりたい。


 だから婚約者のリアム王子に嫌われることにした。

 万が一あの男と仲良くなったらリリーナに嫉妬されてしまうからだ。

 王子ルートを潰すのは簡単だった。

 とにかく校内での評判を落とせばいいのだ。

 リアム王子はゲーム内でステータス厨だった。

 低ステには塩対応なのに他の難関キャラを攻略しようとステータスを上げると勝手に惚れてくるので正直うざい。


 ただその現金さが今回は有難かった。

 やり過ぎたせいで王子どころか生徒全員から嫌われたっぽいけど。

 でもそうしたらリリーナが私の面倒を見てくれるようになった。

 あのダメダメなリアム王子の婚約者だけあって、ダメ人間を放っておけないのかもしれない。

 そういうタイプは「あなたしかいない」と甘えられるのに弱い筈だ。

 実際今の私には彼女しかいない。

 本人は全然気づいていないが私を生かすも殺すもリリーナ次第だ。


 私は彼女に縋って甘えまくった。

 そうしたら私には何を言ってもいいと判断したのか、自分も転生者だと打ち明けてくれた。

 その瞬間リリーナルートキターと思ったのは私がゲーム脳だからかもしれない。


 わかってる。この世界はゲームだけど、私もリリーナもこんなクソみたいな世界でちゃんと生きてるって。

 だから死んでリセットしたいなんて二度と思わない。


 その代わりに絶対欲しいものは手に入れる。それが私の生きる意味だから。

 リアム王子なんかにリリーナは渡さない。いいや、他の誰にもだ。

 だから私がもっと偉くならなきゃ。リリーナを独り占めできるぐらいに。

 リアム王子からリリーナを奪えるくらいにだ。

 でも奪うだけじゃダメ。


 完璧に近い女性を好む彼がリリーナを愛さない理由は単純だった。

 親が決めた婚約者で何もしなくても手に入る存在だからだ。

 このゲームの攻略対象は皆禁断の恋に飢えている。だってそういうテーマだから。


 だから私が聖女となって、その権限でリリーナをリアム王子から取り上げた瞬間。

 リリーナは彼にとって理想の女性になる。今の浮気相手なんてどうでもよくなってしまうだろう。

 そしてそんなリリーナをあのバカ男は絶対に取り戻そうとする。

 

 そんなの駄目。絶対ダメ。許さない、許せない。


「……だから、退場して貰うね? 恋人と一緒だから嬉しいよね?」


 婚約者のいる男を誘惑した上に、下らない嫉妬でリリーナに嫌がらせをしていた女も纏めて始末しよう。

 私の計画は王子とアンジーの二人が少しでもまともなら失敗する。けど一切不安にならない。

 だってあいつら恋で頭の中がお花畑になってる。

 だから疑いもせず自分たちが絶対上手くいくって信じ込んでいる。愚かで幸せなまま地獄に落ちるといい。

 醜く愛し合ったままで。


「こういうのメリーバッドエンドって奴でしょ、それをプレゼントしてあげる」


 そうして私は連中に罠を仕掛けた。

 簡単に言えば聖女になった後リリーナと少し距離を置いて個人行動を増やしただけだけど。

 それだけなのに二人はびっくりするぐらい簡単に引っかかった。

 私はリリーナと違ってバカで屑だから、同じようにバカで屑で恋に狂った人間の考えがわかっちゃうんだろう。


 結果全部上手くいった。間抜けな王子様も早く恋人が待つ場所に行けるといいね。 



 ◇◇◇



「ねえ、その額の刻印いい加減消さない?」


 聖女になって二年目、神殿の一室での二人だけのお茶会。

 相手は当然リリーナだ。

 黒いドレスも似合っていたけれど聖女補佐の白いトーガドレスも神秘的で良く似合っている。

 女神様レベルが上がったって感じだ。食べているのは海苔煎餅だけれど。

 でもリリーナは何でも上品に食べるから緑茶と煎餅でも貴婦人のティータイムに見えてしまうのだ。


 今日の彼女は私の額が気になるようだった。

 学生時代頼んで入れてもらったリリーナと魔力で繋がる為の刻印。

 それが気になるらしく半年に一度ぐらいこうやって抗議してくる。


「絶対いや」

「でも聖女の額に黒百合の紋章が残り続けるなんて……やっぱり良くないことだわ」

「でも意識しなきゃ出てこないし、これがあるからいつでも念話が使えるんじゃない」

「だったらせめてもっと目立たないところに……」 

「それって……リリーナのこことか?」


 私は笑いながら隣に座る彼女の手首を持つ。

 そして口の高さまで持ち上げると真っ白な内側にそっと接吻けた。


「ちょっと……」


 彼女の頬が薔薇色に染まると同時に手首の内側にもピンク色の花が浮かび上がる。

 これは神殿に入る時に私がつけた刻印。彼女が私と番いであるという秘密の証拠。


「いくらでも好きなところにリリーナの印をつけていいよ。でも絶対消さないし私も同じ分だけつけるから」


 だって私はリリーナのものだし、リリーナは私のものだもの。

 私の言葉に困ったように、でも嬉しそうに瞳を細めるリリーナはやっぱり私の女神なのだと思った。

  


-------------------  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る