第29話 おっさん、初めて男になる

「リアル金玉だ……」


 目の前にキラキラと黄金に輝く玉を見て、ついつい言わずにはいられなかった。


 オークの睾丸は本物の金玉に進化したのだ。


 見た目は真珠が金色になったような感じに近い。


「これは金玉ですか?」


「凛は言わない方がいいぞ」


 また変な奴らがコメントをしてくるだろう。


 やつらは声だけ切り取って、編集するかもしれないからな。


 完成したらぜひとも俺にも見せてほしいものだ。


 ドキドキしながら俺は金玉を手に取る。


【スキル:雷属性を手に入れた】


 突然脳内に流れてきた音に周囲を見渡す。


 何が起きたのかわからないが、さっきまで持っていたはずの金玉が消えてなくなっていた。


「凛、今の声聞こえたか?」


「声ですか? あの辺ではあはあ言ってたやつですか?」


 凛が指差した方には、こっちを見て息を荒くしている男がいた。


 いや、あんな声ではなくもっと無機質で感情がないアナウンスだった。


「いや、あれもダメだろ!」


 俺はすぐに男の元へ駆け寄る。


 凛を見て確実に興奮しているのがわかる。


「おい、凛を見て変な――」


「いやん♡」


「いや……ん?」


 熱い眼差しで俺の顔を見ていた。


 ねっとりとした視線に、男は凛ではなく俺を見ていたことに気づく。


 すぐに手を離すが、それよりも早く俺の手を握っていた。


「ラッキーおっさんに飼われたいです」


「はぁん!?」


 あまりにも唐突な言葉に思考は止まる。


 人はびっくりすると全ての考えや時間まで、止まったように感じるとはこのことを言うのだろうか。


「いや、俺には凛がいるからそういうのは――」


「別に性別は気にしてないです」


「いやいや、俺が気にするぞ!」


 話が通じないこの状況に戸惑うばかり。


 次第に人も集まってきて、いつのまにか注目されている。


 決して同性同士がいけないわけではない。


 ただ、俺には凛というずっと好きな女性がいる。


「有馬は私のご主人様です」


 そこにスパイスを加えたのは凛だった。


 明らかにここで言ってはいけない言葉のはずなのに、男の目はさらにキラキラと輝いていた。


「だからラッキーおっさんが良いんです。あの女王様のような凛様のご主人様ですよ! きっと凄い調教をして頂けるって思うと全身が――」


 これは完全に危ないドMなんだろう。


 きっと女王様である凛とパーティーを組んで、ご主人様と呼ぶ俺に何か期待をしているのだろう。


 人を傷つけて喜ぶ人にはなれない。


 自分が傷ついても、誰かを助けられる人になりたい。


 だから、どちらかといえば俺はドMだ。


 そういえば男の体は妙に傷ついていた。


 明らかに命に関わらない程度の傷跡に、俺は魔物以上の危険を感じた。


 ――バチッ!


 その時俺の体に電気が走った。


 静電気に近いが、はっきりと目で確認できるような小さな稲妻に俺は驚いた。


「さい……っこう♡」


 男は蕩けた顔でさらに俺の手を握る。


 いや、こいつには絶対に近づいてはいけないと警鐘が鳴り響く。


 もはや鐘ではなくゴングだ。


「いい加減手を離せ」


 さらに強く拒否をすると、体から魔力が吸い取られる気がした。


 ――バリバリバリ


 次の瞬間、雷が落ちたかのように大きな音が体から聞こえてきた。


「あばばばばば♡」


 男は嬉しそうに体を痙攣させてその場で倒れた。


 何が起きたのだろうか。


「有馬さんの愛が成せる技ですね」


「うん、それは絶対違うぞ」


 俺はこの男に愛など1mmもない。


 きっとさっき頭に聞こえた声が言っていたスキルが関係しているのは間違いない。


「おい、今のは雷属性のスキルだよな? いつそんなアーティファクトか武器を手に入れたんだ?」


 遠くで見ていた花田も駆け寄ってきた。


 ダンジョン配信も見ていたため、俺が何をやっていたのか見ている。


 だから不思議に思ったのだろう。


 いつスキルを持った道具を手に入れたのかと。


 だが、花田は目の前で見ていた。


「いや、さっきの金玉がスキルを習得できる金玉だったらしいわ」


 どうやら本当にスキルを手に入れたようだ。


「うええええええー!」


 ギルド内は驚きの声で溢れかえっていた。


 いや、動画配信の視聴者も顎が外れるぐらい驚いていただろう。


 俺は人類で初めて、ガチャからスキルを獲得した男……いや、おっさんになった。 

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