怪談奇談不思議談

ゆずき

帰ってくる人

20代のある頃に住んでいたマンションは、母の仕事こ絡みで借りてもらっていた、都内でも裕福な人が多く住む閑静な住宅地だった。

駅からのアクセスもよく、というよりは地下を通る電車の駅の出口のすぐ上という場所だった。

通常、駅に近すぎる物件なんて夜遅くても騒音がしそうものだが、さすが閑静な街だけありとても恵まれた住環境だったと印象に残っている。

しかしこのマンションには一つだけ、見えない同居者がいるということに気が付いた。

何かをしてくるわけではないが、平日の夕刻6時から7時くらいになると毎日玄関を開ける音がして男の人が帰ってくるのである。

いや、姿は見えないので断定はできないのだが、かすかな気配の移動の仕方が男性の動きに感じるのである。

玄関を入るとすく左手にある最初の部屋、ここを私が使っていたのだが、姿の見えない彼は玄関のドアを閉めたあとにこの私の部屋に入ってきて気配が消えるのだ。

毎日ただこれだけなのである。

そして不思議なことに週末は帰ってくることがないのである。

ちなみに玄関を開けて入ってくる音に関しては全く霊感のない姉にも聞こえており、最初の頃は音がすると誰か家族が帰ってきたと思い玄関の方を見たりもしていたが、彼の帰宅がほぼ毎日なため、また、彼が帰ってくる時は鍵を開ける音はしても家に入って鍵を閉める音がしないことで家族のものとの違いを認識できるようになったという。

そこを引っ越してかなり経つが、彼はおそらく今でも平日夕方になると帰ってきているのではないかと思う。

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