メッシュハント

@hayasi_kouji

第1話 二人旅

 ある朝、起きると右手が朱色に染まっていた。押しても、握っても開いても、いつもと感覚は変わらぬ。いたって、ふつうの平凡なる右手。ただ朱色である。人に見られても構わぬが、気にかけられても面倒だ。

 引き出しを7つほど開いたら、目当てのものを探り当てた。肘までの長さの手袋だ。これならば、まぁ、趣味であろうと察せられるだろう。朱色よりはマシである。


 着替えて、窓を開け放ち、そのまま飛び出した。設置された2脚の椅子の片方に座ると、ふわりともう一方に現れたるや、黒髪黒目の美女。


「似合ってないわね」


「そうだな」


「すぐやめてしまいなさいな」


「考慮しよう。ラッセ」


 呼ぶとすぐさま、テーブルにクロスと食事が並べられる。


「うむ、よい味わいだ」


「ありがたきお言葉」


「相変わらずの芋尽くしね。おいしいのが憎いわ」


「ありがとうございます」


「ラッセ、あなたも真面目に受けていないで、たまには魚でも出してやりなさいな」


「ご配慮痛み入りまする」


「配慮? そんなもの不要な間柄よ」


「ソメル」


「なによ」


「起きたら右手が朱色になったのだ」


 ソメルの視線が僅かに右手に止まる。この間にラッセは片付け終える。


「支障ないの?」


「今のところは」


「試してみましょう」


 言うやいなや両手を天へと突き上げて、魔力の高鳴りに髪をなびかせる。


「おちよ」


 片手を軽くあげて、轟音と共にまいる雷を受け止めた。


「せっかくの手袋が台無しだな」


 むきだしとなった朱色の手。何一つとして支障はない。


「はあっ!」


 あとから声が届く速さで、肘が突き刺さる。続け様に、8発の拳と蹴りが叩き込まれる。


「そうでなくっちゃ」


 端正な口元を喜びに引き裂きながら、右腕を掲げて迫りくる。


「断ち切れ」


 手に合わせて、そっとついばむ。頬を染めるソメルと、地が割れ雲が絶たれた。


「おかげで確認ができた。礼を言う」


「不要の間柄よ」


「それでもだ」


 あごに手を当て、顔を正面に向けて続けた。しとやかに目をふせながら、訊いてくる。


「ねぇ、一緒にいたいわ。ずっと」


「わかった」


 強く抱きしめられる。


「ラッセ、あとは任せる。何かあれば連絡せよ」


「いってらっしゃいませ」


 空へとのぼっていくと、住み慣れた家が遠のいていく。街が一望できる頃合いでとまる。


「どこへ行くの?」


「どこまでも」


「まあ。そうね、あなたがいるならどこでもいいわ」


「メッシュハントというらしい」


「メッシュハント?」


「あぁ。全てを網羅するハンターだ」


「ふぅん、私はあなただけがいればよいのだけれど」


「俺もさ。あくまでも余興でいこう」


「余興でね。私たちの実力を鑑みるに、楽勝よ」


 ソメルは野心に満ちた物言いをするとき、幻惑される色香が醸し出される。


「ちょうどよい」


「何かしら?」


「幻惑の香水という宝具をハントするかな」


「魅力的なネーム、って、ちょうどよいって。ねぇ」


「ソメルにはかなうまいがな」


 宝具が眠る洞窟へと向かった。

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