第5話 第二王子との婚約

「ええ~っ?!」

 わたしは思わず大声で叫んでしまった。

 ジルベールは相当階級が高い人だとは思っていたけれど、まさか第二王子だったなんて。

 そんな高貴な方が、わたしと婚約するって本気なの?

 背が高くてかっこいいイケメン。美しい銀髪はゆるやかにウェーブがかかっている。見つめると吸い込まれてしまいそうなアーモンド型の目。虹彩の色は鮮やかな青で、瞳孔は深く濃い紺色。鼻筋はすっきりと通っていて、口角は緩やかに上がり、神秘的な微笑みを湛えている。

 細身だが、引き締まった筋肉がちゃんとついている。

 絶世の美男子と言っても、過言ではないと思う。

 しかも、4か国語をあやつる頭脳を持っている。

 どう考えても、この人、めちゃくちゃモテるでしょ?

 追放されたわたしなんかと婚約していいの?

 本当に、婚約してくれるの……?


「本気ですか……?」とわたしは尋ねた。

「ああ、本気だとも。夏冬の聖女の力は、この世になくてはならないもののようだ。きみが死んだらこの世界はどうなる? 代わりの者はいるのか?」

「いません……。聖女の力は血のつながった娘にだけ継承されます。わたしには娘はいないから、死んだら終わりです。夏冬の聖女の力は世界から失われ、夏はますます暑く、冬はさらに寒くなっていくでしょう」

「ではクロエは私が保護する。さしつかえなければ結婚し、娘をつくろう。それで世界は守られる」

 わたしは少しがっかりした。

 愛しているから結婚すると言ってほしかったな。

 でもいきなり愛するなんて無理よね。

 追放されて、明日の命も定かでないわたしに、ヴァレンティン王国の王子の保護と婚約が得られるだけでも、とてつもない幸運だ。喜んで受け入れるべき。

 でもこの人、娘をつくろうとまで言ったわね。うーん、どうせなら、愛してくれる人の子どもを生みたいなあ。

 

「どうした? 私と婚約するのは嫌か?」

 嫌ではない。サイラス王子より一万倍まし。不幸からの大逆転だ。

 とにかくこの話に乗ろう。

 つきあっているうちに、愛してもらえるかもしれない。

 わたしの方はきっと、この人を愛せるような気がする。

「嫌ではありません。ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」 

 ジルベールは余裕のある笑みを浮かべた。まるで自分の求愛を拒む者などいるはずがないと思っているような態度だ。

 ちょっとだけ憎らしい。

 わたしだって、まあまあモテるんだからね。夏冬の聖女を保護するための婚約ではなくて、愛してるって言わせたい。


 でも追放された隣国の女と、第二王子の婚約なんてできるものなのかな?

 わたしはその懸念を伝えることにした。

「あなたにはこの国の第二王子という立場がありますし、婚約には国王陛下の許可なども必要ですよね? 国境紛争も起こったことのある隣国から追放されてきたわたしなんかと本当に婚約できるのですか?」

「確かにそう簡単にはいかないだろうな。婚約は私の一存だけでできるものではない。だが父上には、夏冬の聖女が世界を守っていると理解してもらえたら、拒否されることはないだろう。聖女の力を得ることは、世界の命運を握ることと同義だ」 

 結局は政略結婚みたいなものなのかな?

 まあいい、どうせ公爵令嬢に自由な結婚なんてあり得ないのだから……。


 そんな諦観と同時に、わたしは運命をも感じていた。

 ジルベールは命の恩人だ。救われたとき、わたしは確かにときめいていた。

 なにも知らないこの人を無性に信じたくなって、追放されたわたしの救い主でありますように、と祈った。

 そんな都合のいい夢が半ば叶って、婚約を申し込まれた。

 これが運命の出会いでなくてなんだというのだ。

 良き婚約者になれるようがんばろう。

 お母様から引き継いだ夏冬の聖女の役目も果たす。

 わたしはそう決意した。


 ノックの音がして、わたしたちがいる5階の部屋に、小柄だが、精悍な顔つきの青年が入ってきた。

 彼はジルベールと親しげに話し始めた。

 ヴァレンティン語だから、なにを話しているのかわたしにはわからない。

 ジルベールがわたしの方を見て、オースティン語で言った。

「イーノ、きみはオースティン語ができるのだから、彼女を交えて、3人で話そう」

 イーノと呼ばれた青年はジルベールの隣に座り、わたしを見つめた。ジルベールほどではないが、端正な顔立ちの男の人だ。金髪碧眼で、きりっとして真面目そう。


「イーノ・ステップスと言います」と名乗って、彼は軽く頭を下げた。

「初めまして、クロエ・ブライアンと申します」とわたしは答えた。

「クロエ、イーノは伯爵令息で、私の幼馴染だ。いまは私の副官となって働いてもらっている。きみを暗殺しようとした男の尋問を任せていた。その尋問が終わった」 

「クロエさん、男を尋問して、あなたが公爵令嬢だということの裏が取れました。サイラス王子から婚約破棄されたことも事実のようですね」

「わたしが嘘を言っているわけではないと証明されたわけですね。良かったです」

「イーノ、彼女は夏冬の聖女で、季節の魔法というこの世界の命運を握る魔法の使い手なんだ」

「は? 世界の命運を握る……?」

「クロエ、彼にきみの力について話してくれ」

 わたしはジルベールにうながされて、イーノに夏冬の聖女と黒水晶、白水晶について説明した。わたしが魔法を使わないと、世界の気候が狂うこと、いまは追放されて魔法を使っている余裕がないので、今年の夏が異様に暑くなっていることも伝えた。

「確かに今年の夏は異常ですね。気温が40度を超える日もある」

「私は彼女を保護するため、婚約しようと考えている」

「婚約だって?」

 イーノが顔色を変えて叫んだ。


「ジルベール、正気ですか? まだ出会って1日も経っていない女性と婚約するなんて! 敵国の公爵令嬢ですよ!」

「もう彼女はオースティン王国に帰ることのできない身だ。この世でだだひとりしかいない世界を守護する聖女。クロエを守るのは、王子の責務だと判断した」

「彼女を保護するのは、婚約しなくてもできるでしょう? ミアの気持ちはどうなるのです?」

「きみの妹か……」

 わたしは黙って聞いていたが、妙な話が出てきたと思って、耳をそばだてた。

「ミア・ステップス伯爵令嬢……。彼女は私にとっても妹のようなものだ」

「ジルベール、あなたは妹と親しくつきあってくれていました。あいつはすっかりあなたにのぼせあがっているんです」

 ジルベールの女性関係の話だ。これほどの美男子。近くにいる女性は、みんな彼に惚れていてもおかしくはない。

「ミアはジルベールとの結婚を望んでいます。あなたも邪険にはしていなかったではないですか」

「だが婚約はしていない」

「それはそうですが、今日初めて会った女性といきなり婚約するのですか?」

「する」

「僕は反対です!」

 イーノが席を立ち、わたしを睨みつけた。   

 ジルベールとの正式な婚約には、いろいろと障壁がありそうだ、とわたしは思った。

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