9月20日 −3−
先輩のマンションには延田もなぜか付いてきた。
だが、門をくぐってすぐ、箒を持った顔なじみの管理人が僕の顔を見て声をかけてきた。
「ああ、四持さん、比楽坂さんはここ数日ずっとお留守ですよ」
「え?」
「一言もなく何日もお留守されるなんて珍しいもんで、私も少し気になってます」
先輩は人見知りのくせに妙に律儀なところもあり、長期留守にするときには必ず管理人やガードマンに一声かけ、戻ってきたらすぐにお土産を持っていくのだと話していた。
前にそのことで先輩をいじって、「バカ、自宅のセキュリティを委ねてるんだぞ。味方にしておくに限るだろ」と合理的すぎる答を返されて半分納得、半分呆れたことを思い出す。
「どこに行く、とか聞いてませんか?」
「いやあ……」
管理人は僕の背後に立つ延田をちらりと見ると、僕の耳に顔を寄せてささやくように言う。
「女を泣かせるクズ男がなんとか……って、まさか四持さんのことじゃありませんよね?」
「え?」
「いや、最後にお見かけした時、エントランスでイライラしたお顔でそうつぶやかれているのを偶然耳にしまして……」
どうにも誤解されている気がして僕はあわてて言い訳する。
「……違うと思います。思いたいです」
冷や汗を掻きつつ、それでも丁寧に礼を述べてマンションを離れ、僕は考えをまとめるために夕闇の迫るみなとみらいをグルグルと歩き回った。
延田は何も言わずずっと付いてきて、僕が海辺の公園のベンチに腰を下ろしたところで隣に座ってきた。
「……四持」
僕は先輩にLAIMメッセージを送る。
例によって既読すら付かないが、これは無視されているのか、それともスマホを確認できないくらい切迫した状況なのか区別が付かない。
「だから、せめて既読くらいつけてくれってあれほど……」
僕は大きく深呼吸すると、延田に向き直った。
「延田、君の率直な意見を聞きたい」
彼女は無言で頷いた。
「夕方の先輩の謎メール。何の連絡も伝言もなく何日も自宅に戻っていない現実。あと、君の友達もヤバい男とよりを戻して以降ずっと連絡が取れてないと言ってたよね」
「うん」
「仮に、全てが繋がっているとして、そこから導き出される可能性はなんだ?」
延田はゴクリと唾を飲み込んだ。
「四持が聞きたくない、すごーくイヤな想像になるかも知れないけど……」
「構わない、遠慮せずに言ってくれ」
「あーしの
「……そうだね」
僕は自分の声が震えているのに気付いた。
「あーしなら、二人は男に捕まったと思う」
僕は発作的に生徒会長のスマホに電話をかけていた。
『はい——』
「四持です。会長にお話があります!」
相手の名乗りも待たずに僕はまくし立てた。
「比楽坂先輩が行方不明になりました。犯罪に巻き込まれた可能性があります」
『どういうことです!?』
僕は謎メールを受信したいきさつから先輩のマンションを確認したことまでを息継ぎもなしに一気に話した。
会長はその間ずっと黙って聞いていたが、僕が息を切らした瞬間に言葉を挟み込んできた。
『四持、今すぐ生徒会室に来て下さい』
「え、今からですか?」
『ええ、対策本部を立ち上げます。ところで、その写真、私に送ってもらうことはできますか?』
「あ、はい。でもどうするんですか?」
『ええ、風景写真から場所を特定するスキル持ちに少しばかり心当たりがあります』
◆◆
夜にも関わらず校門は閉じられておらず、昇降口の明かりは煌々と灯されていた。
僕らは一気に階段を駆け上り、ノックもなしに生徒会室の扉を開いた。
「待っていましたよ。準備はできています」
会長の言葉通り、机の上には数台のノートパソコンが稼働状態で置かれてあり、そのうちの一台にはつい最近顔を知った男子生徒が取り付いていた。
「あ!」
「げ、柳原!!」
お互い、ひと目見た瞬間いやーな顔になる。男子生徒は物理科学部の柳原部長だった。ガラス事件の共犯者だ。
「先ほど校長と交渉しました。今回の一件への協力と引き換えに、処分の軽減を検討します。お互い仲良く……は無理でしょうが、事件解決までいがみ合うのは無しでお願いします」
僕が何か言う前にすかさず会長が釘を刺してきた。
「それよりも、写真の場所が特定できそうです」
「え! もうですか?」
驚く僕に、柳原は得意そうにニヤリと笑って立ち上がる。
「君じゃ無理だったかも知れないけど、これくらい僕の手にかかれば——」
「無駄口はいい。さっさと説明を!」
「あ、はい!」
さすが会長に逆らう気力はないらしい。柳原は肩をすぼめてストンと腰を下ろすと、僕らにも見えるよう外部モニターに写真を表示する。
「ええと、この写真、メッセージ添付ではなくわざわざ圧縮してメール添付で送られてきたのには理由がある。最近のスマホにはGPSが付いていて、撮影した写真に自動的に位置情報を付加するんだ」
「位置情報?」
「ああ、具体的には緯度と経度のデータだね」
柳原はそう言いながら写真の付加情報を可視化して見せた。
そこには、撮影日された日時はもちろん、撮影したスマホの機種名、露出や絞り、感度、そして35と139で始まる緯度経度がはっきりと表示されていた。
これによると、撮影したスマホはソニーのフラッグシップ機だった。少なくとも僕の知り合いにこんなマイナーなスマホを持っている人間は先輩以外にいない。
「ただ、これらの情報はLAIMのようなメッセージアプリに添付するとすべて消されてしまい、あて先には位置情報のない写真が送られる。メールアプリで送る場合にも、そのまま添付すると位置情報を消してしまうものがある。君にこれを送ってきた人間は、そのあたりきちんとわかっているようだね」
僕は延田と顔を見合わせた。
だとすれば、先輩は自分が戻れない可能性をあらかじめ想定してメールを送ってきたことになるからだ。
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