9月20日

「ねえ四持、今日時間あるかな?」


 ホームルームが終わり、さて帰ろうと立ち上がったところで延田が声をかけてきた。


「え? 今日はバイトもないし、少しくらいなら……」


 本当は先輩の家に行こうと思っていたのだが、まああっちは多少時間が遅くてもどうにかなる。それに、まだ少し気まずいので何か理由いきおいをつけたかった。延田と近くまで出かけ、近くまで来たついでに、と向かうなら少しは気が楽だ。


「ちょっと話したいことがあんのよ。前にも話したことのある、あーし……私の友達のことだけど……」

「いいよ。学校ここで?」

「いや、ちょっと学校では話しづらいというか……」

「じゃあ、どうせなら桜木町まで出ないか?」

「いいよ」


 延田が頷いた途端、まだ教室に残っていたクラスメイトがざわりとざわめいた。


「何?」


 延田はきょとんとした顔をしているが、考えなくてもわかりそうなものだ。髪色を戻し美少女度がさらにアップした学校一の有名人が、いつの間にか〝他校に彼女がいるヤツ〟認定されているヤバいオタクをデート(仮)に誘うのだ。


「あ、別にこれはデートじゃねーし……じゃないし。てか、人が何しようが関係なくね? ……じゃなくて関係ないでしょ?」

「あのさ、みんな知ってるんだから今さら言葉遣い変えなくても良くない? ていうか、どうして今になってキャラ変しようとか思った?」

「え? ほら、生徒会に色々言われたじゃん……でしょ? ボランティアとかやるのにやっぱアレは……」

「いや、かえって前の方がギャップがあって好感度アップが狙える気がするけど」

「じゃなくて……ほら、比楽坂先輩が」

「なんで優里先輩がここに出てくる?」


 延田はなぜか顔を赤くして口ごもると、そのまま無言で僕の太腿を後ろから蹴ってくる。


「もう、さっさと行く!」


 そのまま僕の腕を取って強引に教室から引っ張り出した。


◆◆


「で、学校じゃ言えない用ってなんだ? 別にバイト先でも良かったんじゃ?」


 桜木町駅前のスタバ。僕はいつも優里先輩が座っていた一番端っこの席に座ると、向かいの延田に水を向ける。


「……いや、ああ、うん」


 それでも少し話しにくそうにしていた延田だったが、アイスカフェラテをずずっと吸い込んで、意を決したように大きく息を吐いた。


「前にさ、比楽坂先輩に強引に別れさせられたツレ……友達の話をしたじゃん。そのことなんだけど、あれって、本当に先輩が男を奪ったのかな?」

「へ? 何で」


 僕は目を丸くした。

 延田はこの件で比楽坂先輩をひどく嫌っていて、僕にも事あるごとに先輩と縁を切るように言っていた。


「いや、さ、この前の優勝旗の件で、先輩にはすごく世話になったし……なんだか、聞いてる話と直接話したイメージがあまりに違いすぎて……」


 延田の困惑は理解できる。

 先輩は口も悪いし、わざと悪ぶってみせるひねくれたところがある。その上、人が自分のことをどう考えるか……といった部分には小指の爪先ほども興味がない。延田の誤解に関しても、僕がいくら言ってもほっとけばいいと笑っていた。


「それで、四持って先輩と仲がいいっしょ? だから本当のところはどうなのかなって思って」


 だが、延田の言葉はいまいち歯切れが悪い。今になって聞いてきたのにはまだ何か別の理由がありそうな気がした。


「でも、僕が説明したとして、それを信じる?」

「うん。ああ、実は、あの子がまた男とよりを戻したって話を聞いた」

「へえ?」

「で、あの男は比楽坂先輩と付き合ってたはずなのに、どうしてかなって思って。もしかしたら先輩と別れて、それでまたあの子の所に舞い戻ってきたのかなって」

「ああ、そういうこと」

「いや、だったら、逆に比楽坂先輩はどうして男と別れたのかなって……もしかして、新しい彼氏ができたとか?」


 延田はそこまでぽつぽつと話すと、それきり黙り込んだ。その上、なんだか思いつめた顔をして僕の顔をじっと睨んでくる。


「あの、さ」


 僕が答えると延田はピクリと肩を震わせた。どうにも、いつもの延田らしくなくて調子が狂う。


「まず最初に断っておくと、先輩は別に誰とも付き合ってない……はずだ」

「……へぇえ?」


 途端に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる延田。

 一方で僕の方も一抹の不安を拭えなかった。

 最近、といっても夏休みの後半くらいからだが、先輩はよく家を空ける。長いときは一週間程度留守にすることもあった。

 留守にするときは必ず事前に僕に断ってくるが、その間何をしていたのかまでは訊ねても教えてもらえない。


「あと、友達の名誉もあるだろうから今まで言わなかったんだけど、その子と男を別れさせたのは、男がかなり後ろ暗いことに足を突っ込んでいたからなんだ」

「わかんない。どういうこと?」


 僕は小さくため息をつく。


「先輩は彼女を犯罪から守るためにあえて悪役を演じたんだよ。男を誘惑し、延田の友達と縁を切らせた上で男に釘を差した。二度と関わるなって。でも、元サヤにおさまったということは、効果がなかったんだな」

「ウソ!?」


 延田は絶句した。


「だとすれば、あーし……私のツレ……友達ヤバいじゃん」

「面倒だからいちいち口調をあらためなくていい。それより、その子は今どこで何してる?」

「いやそれが、三、四日前から連絡が取れなくなって。メッセ送ってもずっと既読が付かないし」

「電話は?」

「したけど出ない」

「家には?」

「帰ってないって」


 僕は眉をしかめた。

 これは、かなりきな臭い。

 そう思った瞬間、ポケットの中のスマホからLAIMのメッセージ着信音が響いた。


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