二人の関係
9月19日
祭りが終わり、再び退屈な学校生活が戻ってきた。
だが、僕はただ一人いまだ日常に戻れないままだった。
結局あの晩、むっつりと黙りこんでしまった優里先輩をマンションに送り、僕は気の利いたセリフを何も言えずに帰宅した。
あの晩、衝撃的な告白をされた岩崎さんともあれ以来顔を合わせていない。
ていうか、そもそも連絡先すら知らされていない。
生徒会の誰かに聞けばLAIMのアドレスくらいは教えてくれそうだが、何となく気まずくて、先輩の家にも生徒会にも顔を出せていない。
そんな感じで、もろもろ宙ぶらりんの状態が続いていた。
緑古戦以来、僕のクラス内での立場は〝無害で陰キャのカメラオタク〟から〝敵に回すと怖いカメラオタク(あんな可愛い子に慕われやがって)〟にランクアップを果たし、これまで同士だと信じて疑わなかった陰キャカーストからもうっすらハブられ気味だ。だが、延田の衝撃的な変化の陰に隠れ、ほとんど噂にもならなかった。
彼女は緑古戦の代休を含め、一週間ほど学校を休んだ。そして戻ってきた時には、髪色を黒に戻し、リボンタイは襟元きっちり、スカートは膝上数センチという、まさに絵に描いたような模範生に変貌していた。
というか、延田はもともと整った顔立ちをしているし、成績は僕よりいいので、ギャルっぽいメイクを止めれば普通に美少女優等生なのだ。
彼女の登校と同時にクラス中が大騒ぎになり、その騒ぎはあっという間に全校に広がった。改めてこのコミュ力お化けの影響力を思い知る。
慕っていた叔母さんが亡くなったと聞かされたのはその日のバイト先で、「ありがとう四持。ギリギリで間に合ったよ」とだけ報告を受けた。
◆◆
「さて、今日呼び出したのはあなたに二つの用件があるからです。とりあえず座って下さい」
僕はおっかなびっくり会長の正面に腰を下ろす。
開け放たれた窓からはここ数日ようやく秋めいてきた爽やかな風が吹き込み、会長の切りそろえられた黒髪をやわらかく揺らす。だが、正面からまっすぐ僕を見据える視線は一切揺らがず、こっちはまったくリラックスができない。
「まず一つ、四持がずっと要望していた写真部の復活についてです。これまでのあなたの活動をかんがみて、新たに創部を認めてもよいのではないかという意見が生徒会と教師の一部に出てきました」
「本当ですか!」
春からずっとそれを目的に雑用に甘んじてきたわけで、僕はうれしさのあまり思わず声を上げた。だが、会長の視線は相変わらず僕をしっかりと見据えている。
「慌てないで下さい。だが、今のところあなたの活動や功績はむしろ〝よろずやっかいごと片付け係〟方面にかたよっていて、写真部に繋がるものではありません。わが校において創部のタイミングは四月と九月ですが、残念ながら今回は見送らざるを得ません」
「確かに……そうですね」
ズバリと言われてしまい、膨れ上がった希望は一瞬でしおれてしまう。だが、話には続きがあった。
「そこで四持に一つ提案ですが、外部のフォトコンテストに作品を出品するつもりはありませんか?」
「フォトコン、ですか」
「ええ、別に上位に入賞しろとは言いません。だが、君の写真部的活動をもう少し積み上げて欲しいのです。もし作品応募にあたって何かしら部活動の名義が必要なのであれば、一時的に生徒会の名前を貸しても構いません」
会長の提案はもっともだった。
同時に、写真部の復活を積極的に後押ししようという気持ちがうかがえて少し嬉しくなった。
「そうですね。ちょっと考えてみます。ただ、僕はこれまでフォトコンには一度も応募したことがないので……」
「それなら心配は不要です。古沼高校写真部からノウハウ提供の申し出がありました。どうしますか?」
「それは助かりますが、一体どうしてです? よその部活……というか、まだ部活にすらなってないのに」
「三十年前の緑古戦、その勝敗見直しに四持が関わっていたことを伝えました。まあ、ちょっとした恩返しのつもりかもしれません」
「……ああ、なるほど」
別に恩義を感じてもらうほどのことはやってないが、せっかく便宜をはかってくれるのをわざわざ断ることもない。
「では、数日中に具体的な打合せの日程を組みます。異論はないですね?」
「はい」
会長は小さく頷くと、かたわらのノートパソコンにカタカタと指を走らせた。やがてポンと大きくキーを打つと、両手を組み合わせてわずかに身を乗り出す。
「さて、それからもう一つ。これは生徒会からと言うより、吉見先生と私からの個人的な依頼なんですが……」
会長の目つきがさらに鋭さを増す。なんだか怖い。
「比楽坂のことです」
「優里先輩の?」
「ああ、緑古戦からこっち、なんだかずいぶんふて腐れているようで、最近は授業にもさっぱりログインしていないそうです。四持、なんとかして下さい」
「なんとかしてくれって言われましても……」
「あの子は野良猫みたいにプライドが高いですから、本当に心を許した相手の話しか聞かないでしょう。悔しいですが私では無理です」
「でも……僕だってそれほど——」
「妙な
会長は強い口調で僕の言葉をさえぎった。
「あの子が、自分の部屋に他人を上げること自体が私には信じられません。そのバリアを突破できたのは今のところ四持、あなただけです。その意味するところをもう少し真剣に考えた方が良いのではありませんか」
先輩のふて腐れている理由。
もしそれが僕の思い上がりでないならば……。
そこまで考えて、自分がひどく独りよがりでうぬぼれた考えに支配されかかっていることに気付く。
「いえ、たぶん先輩は、自分だけのおもちゃに他人がちょっかいを出し始めたことが単純に気にいらないだけじゃないですかね?」
僕の言葉に、会長は小さく首を振りながら嘆息を漏らした。
「あのですね……四持がそう思うのは勝手ですが、友人として、あの子の気持ちをきちんとくみ取ってあげて欲しいと思います。私から言えるのはそれだけです」
それだけ告げると、話はこれで終わり、とでも言いたげにノートパソコンをパタンと閉じた。
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