9月10日 −7−

「あ、えっと」


 口ごもる岩崎さん。その時、踊り場の上から先輩が僕を呼んだ。


「四持、何してる、急げ」

「あ、はい、ほら岩崎さん行こう」


 彼女の様子が少し引っかかったけど、確かに今はそれを深く追求している場合じゃない。僕は再び階段を駆け上がった。

 図書室では、司書先生が視聴覚ブースの一角を開けて僕らを待っていた。どうやら先輩が事前に連絡していたらしい。手回しのいいことだ。


「四持、セッティングは任せた」


 司書先生への挨拶もおざなりに、それだけ言い残して先輩は閉架書庫へ駆けていく。

 僕は司書先生と顔を見合わせて肩をすくめると、持たされていたジュラルミンのトランクを開く。中には重さ、大きさ共に広辞苑程度の黒光りする四角い機械が入っていた。

 コンセントプラグを差し込み、映像ケーブルを機械の背面に接続する。両端で赤、白、黄色の三つ又に分かれる見たこともないタイプだったけど、設置されている液晶モニターも同じくらい年代物だったせいで無事につなぐことができた。


「へえぇ、こんなケーブルは初めて見ました」


 いつの間にか司書先生はカウンターに下がり、後ろから僕の作業を見守っていた岩崎さんが感心したようなため息をもらす。


「確かに。僕も使うのは初めてだよ」


 壊れてしまった僕のカメラにもテレビに直接繋げる端子はあったけど、形が全然違っていた。


「どうだ、できたかい?」


 機械の電源を入れ、モニターの画面に青一面の表示が出たところに、数本のビデオテープと〝緑陵〟を持った先輩が戻って来た。


「へえ、思ったより小さいメディアなんですね。ビデオテープってもっと大きな物だと思ってました」


 ケースから出されたビデオテープはたばこのパッケージより少し大きい程度のプラスチック製で、長方形の透明な窓からは黒いセロファンテープのような丸い物体が見えていた。


「何だ、実物を見るのは初めてか?」

「ええ」

「これは8ミリ規格ってやつだ。映像をテープに録画する最後の世代だな。ボクも実物は見たことがないが、初期はもっと大きな、それこそ週刊マンガ雑誌くらいのケースに入っていたらしい」

「僕はその頃に生まれなくて良かったです」

「何でだ?」

「その頃のカメラマンは相当辛かっただろうな、と」


 僕は生徒会から借りた古いカメラを持ち上げながらグチる。ビデオカメラとしても使える高機能タイプだが、首にストラップが食い込む重さにげんなりし始めていたからだ。


「これでもかなり重いのに、そんな大きなメディアを使うカメラなんて、両手でも持ち上がりませんよね、多分」

「その頃はそもそも動画を個人で記録する習慣なんてなかったはずさ。それに、8ミリビデオ自体、ハンディビデオカメラ用に開発されたらしいぞ」


 先輩は小さく笑うと、すぐに表情を引き締めて僕を押しのけるように椅子に座る。

 機械の正面にあるスロットにテープを押し込むと、ウィーンという唸りと共にモニター画面にノイズが走り、やがて僕らも見慣れた校門の映像が浮かび上がった。


「へえ、校門だけはそのままなんだ」


 僕らの使う校舎は数年前に建て替えられ、今画面の奥に映っている古い校舎はすでに跡形もない。

 僕が妙な感心をしていると、先輩は僕に〝緑陵〟を押し付けた。


「ほら、映像に合わせて競技と結果を読み上げろ」

「えぇ、全部ですか?」

「とりあえずは競技ごと、どっちの学校に何点入ったか、だけでいい。いくぞ」

「あの?」


 その時、僕らの間に割り込むようにして岩崎さんが声を発した。


「何だ?」

「私にも何か、お役に立てることは――」

「岩崎君と言ったか。君は古沼高の生徒だったよな?」

「あ、はい」

「では聞くが、君の学校で一番古い職員は誰だ? そいつは今日ウチに来校してるか?」

「え?」


 相変わらず説明を省いていきなり質問されるので聞かれた方は戸惑う。


「え、あー、どうでしょうか。恐らく能勢山のせやま先生だと思いますが、この場にいるかどうかまでは……」

「至急連絡を取ってくれ。電話でも何でもいい。この、第三回緑古戦で何か変わったことがなかったか知りたい」


 ボールペンの背中でコンコンとモニター画面をつつきながら先輩は言う。


「あれ? そう言えば」


 それを聞いていて僕は不意に延田の話を思い出した。


「確か、延田のおばさんが古沼のOBだって言ってたような……」

「延田? ああ、あのギャルっぽい子か? よし四持、ここはとりあえずいいから君も話を聞きに行ってこい。もう一度目撃者探しだ」

「いえ、でも」

「誤解するな。探すのは優勝旗の持ち去り犯じゃない。〝三十年前〟の目撃者だよ」


◆◆


 図書室から出た僕は簡単に打ち合わせしようと振り返り、岩崎さんが思いがけず強く僕を見つめているのに気付いて驚く。


「うん?」

「太陽君、あの、一つお伺いしてもいいですか?」

「いいけど、何?」

「もしかして、比楽坂さんとお付き合いとかされているんですか?」

「はあ!?」


 僕は思ってもみなかった質問に思わず大声を上げた。だが、岩崎さんは真剣だ。


「答えて下さい。あの人が太陽君の彼女なんですか?」


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