9月10日 −5−
「だからといって、岩崎さんが関わる必要は——」
「たった今、会長から依頼されたじゃないですか。それにほら、タイムリミットまで時間がないですよね? 何にしても二人で手分けするのがベストな選択だと思いますよ」
岩崎さんはニコニコしながら、しかし圧は強めに僕に迫る。
「……はあ、もう、仕方ないですね」
僕はそれ以上の抵抗を諦めた。確かに、時間は限られているし、手分けした方が色々便利なのも確かだ。彼女が僕に近づこうとする理由はさっぱりわからないけど、今、このタイミングで彼女の協力を拒絶するメリットは何もない。
「はい! じゃあ、まず何から取りかかりますか? やはり目撃者捜しでしょうか?」
「そうだな。これだけ人がいるんだ。誰も見ていないということはないと思う」
「はい、じゃあ、本部テントに一番近い古沼高三年応援席の聞き込みは私やりますね。太陽君は反対側、放送席と、その向こうの用具係をお願いします」
岩崎さんはテキパキと方針を定め、何かあれば無線で、と言い残してさっさと駆けていった。
◆◆
「いや、悪いが気付かなかったな。競技開始の直前だったから、正直それどころじゃなかったというか……」
「そうですか、お忙しいところ、どうもありがとうございました」
僕は三十回近くも繰り返した同じやりとりに、落胆しながらその場を離れた。
放送部、競技用具係のテントで聞き込みを続けてみたものの、これという証言は得られなかった。というか、競技が再開されたためにどちらも目の回るような忙しさで、ろくな証言が取れなかったという方が正しい。
「こうなると、向こう側にどの程度目撃者がいるかにかけるしかないか……」
僕は本部テントの向こう、岩崎さんの向かった古沼高校の応援席を透かし見る。クラス旗が激しく打ち振られ、ほとんど全員が立ち上がって熱心に声援を送っているところを見ると、どうやら白熱しているらしい。
「こういうイベントって、当事者じゃないとすごく寂しく感じるものなんだな」
なんとなく疎外感を感じ、思わずつぶやきが漏れる。
僕は今回、写真係を担当するために生徒会から競技への参加を止められていた。中学時代は運動オンチなりに綱引きや騎馬戦などの集団競技には出てたから、まったく競技に関わらないのは小学校入学以来、今回が生まれて初めての経験だ。
それなのに、今は写真係からも外されて……。
「先輩は……」
僕は不意に優里先輩のことを思う。
彼女は、理不尽な暴力で日常を奪われて以来、ずっと孤独に過ごしてきたのだ。本来、先輩は入学後すぐ生徒会に推薦されるほど優秀で、それなりに人望もあったはず。それなのに……。
『先輩、今からそっちに行ってもいいですか?』
気がつくと、僕は思わずそんなメッセージを送っていた。
『突然何を言い出すんだ? 優勝旗の行方を追うんじゃなかったのか?』
即座に、言われて当然のメッセージが戻って来る。だが、今日の僕には口実がある。音声通話に切り替えて、ぐいぐい押す。
「図書館のビデオ、先輩なら再生する手段をお持ちですよね?」
『……ないこともないが、それよりも今はまず目撃者を探すべきじゃないのかな?』
岩崎さんと同じような主張に内心少し驚く。捜査のセオリーを説いているのか、それとも頭の切れる人は誰しも同じようなことを思いつくものなのか。
「いえ、それは岩崎さんがやってますから、僕は——」
『ちょっと待て……君は彼女と一体どういう関係なんだ? なぜ彼女が君の手伝いをしてるんだい?』
「とりあえずそっちに迎えに行きます。出かける準備をして待っていて下さい」
『あ、ちょ——』
僕は強引に通話を打ち切ると、スマホの代わりに今度はトランシーバーを取り出してトークボタンに指をかける。
『四持より岩崎さん、悪いけど、四十分ほどはずすよ』
『はぁ? 太陽君、優勝旗はどうするんですか? 証言はどうするんです——』
『事件解決のために、頼りになる援軍を連れてくるんだ』
僕は力強く答えて通話を打ち切った。
校門の前には、体育祭の観客を運んできたタクシーがちょうどUターンをしようとしていた。僕は大きく手を振ってそのまま後部座席に乗り込むと、「桜木町まで!」と言いながらシートベルトを締める。
会長は僕を評価していると言ってくれたけど、いつだって僕一人で解決できた事件はない。影で色々と道具をそろえ、推理を働かせ、僕を立ててくれた優里先輩がいたからこそ成果を上げることができたのだ。
それだけは勘違いしたくない。
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