9月10日 −3−

「四持!」


 会長が僕に緊迫した表情で声をかけた。

 彼女の視線に僕が無言で頷くと、会長は僕と書記先輩を除く役員全員と古沼高生徒会を招集して足早に校舎に入っていく。恐らく生徒会室で善後策を話し合うのだろう。


「じゃあ四持君、とりあえずこっちは頼むわ」


 書記先輩もそれだけ言い残すと放送席に駆けていき、実況役の放送部女子に何事か話しかけている。


「え、なになになに?」


 ぽつんと置き去りにされた岩崎さんは、僕と旗竿だけになった優勝旗を交互に見てきょとんとしている。


「あ、岩崎さん、写真を撮りますんで、残っているそのペナントをこちらに向けてもらえますか?」

「え? ええ……」


 僕は岩崎さんにお願いして、垂れ下がっていたペナントを文字がはっきり見えるように両手でピンと張ってもらう。そこには、古びてかすれかけてはいるが、〝第三回緑古戦 優勝 緑陵高等学校〟とあった。

 と、思う間もなくスマホが震えた。優里先輩だ。


『何があった?』


 画面にはそんなメッセージが表示されていた。

 送信された写真を見てすぐに異常を察したのだろう。話が早くて助かる。僕はLAIMを音声通話に切り替えて簡単に事情を説明した。


『で、犯行の目撃者はいないのか?』

「どうでしょう? 今のところ誰も名乗り出ていないようですね。生徒会役員全員が本部を離れているタイミングを狙われたみたいです」

『なるほど。残されているペナントはそれ一枚か?』

「ええ、確か、朝見たときは何十枚もぶら下がっていたはずですから、それも優勝旗と一緒に犯人が持って行ったことになりますね」

『ふむ……しかしなぜ一枚だけ……』


 しばらく声が途絶えた。


「ねえ太陽君、その人は誰?」


 通話が終わったと勘違いしたのか、そこに岩崎さんが口を挟む。

「しーっ」と指を立てたのだが間に合わなかった。


『む、女の声、しかも名前呼び! そこにいるのは誰だい? 四持、ビデオ通話を要求する!』


 先輩は案の定変な風に食いついてきた。仕方ないのでビデオ通話を許可して、彼女の顔も見えるように画面の向きを変える。


「初めまして、古沼高写真部マネージャーの岩崎と申しますぅ」


 岩崎さんはにこやかにあいさつし、なぜか余計なことまで口走る。


「……太陽君にはいつもお世話になっております」

「え? ちょ、特にお世話になってないよね? 会うのは打合せの時と……今日が二回目だと思うけど?」

「ええ、二回会えば充分親しい間柄でしょう?」


 にこやかに笑う岩崎さん。対照的に画面の向こうでは先輩の顔がみるみる曇り、口調が途端に冷たくなる。


『なるほど。ボクは比楽坂優里、二年生。そこのボンクラの……いわば師匠のような存在だ」

「師匠?」

「ああ、彼が校内の面倒ごとに次々と首を突っ込んでは大やけどしてるのを見ていられなくてね」

「ああ、なるほど」


 岩崎さんはフフッと小さく笑うと、「相変わらずですね」と小さくつぶやいた。


「え? 何か——」

『四持、そんなことより優勝旗だ。その一枚だけ残されているペナントにはきっと意味がある。犯人からのメッセージかも知れない。図書館司書ばあさんに頼んでその年の体育祭について調べろ。何かあったらすぐに知らせるように』

「えー、でも先輩、僕は撮影係なんですよ。勝手に持ち場を離れるわけには……」

「あのっ!」


 またもや岩崎さんが口を挟む。


「それだったら何とかできると思います。太陽君を含め、今日稼働しているカメラマン全員のタスク割り当ては私の担当です。調整は任せて下さい」


 岩崎さんがどんと胸を叩く。調度そのタイミングで、グラウンドの周囲に立てられたトランペット型のスピーカーからアナウンスが発せられた。


『ご来場の皆様にお知らせいたします。スターター機器の不具合のため、本日の競技スタートを三十分繰り下げます。繰り返します。機器の不具合のため、本日の競技スタートは九時四十五分からとさせていただきます』


 ざわざわとざわめきはじめる応援席。どうやら、少しでも対策を練る時間を稼ぐため、書記先輩が放送委員に調整をかけたらしい。


『四持、ほら、この隙に図書館に走れ!』

「あ、はい!」


 僕はスマホの向こうの優里先輩に急かされて慌てて走り出した。


◆◆


「あなたもなの?」


 司書先生はいきなり三十年前の体育祭の資料を出せと言われ、面食らったように両手のひらを頬にあてた。


「あなたも? 他に聞いてきた人間がいるんですか?」

「ごめんなさい。利用者の秘密を守るのが決まりだから答えられないわ。それに記録って言っても、あなたも知ってる校誌〝緑陵〟の他に何かあったかしら……」

「〝緑陵〟には競技ごとの成績も載ってるんですよね」

「ええ確かに、でも……」


 司書先生はしばらく考えていたが、不意に表情を明るくして両手をパチンと打ち合わせた。


「そう言えば、視聴覚資料に体育祭の記録ビデオがあったはずよ」


 言いながら僕の先に立って書庫に向かう。入ってすぐの階段を上り、天井の低い中二階にずらりと並んだストッカーを指さす。


「年号順に並んでるわ。三十年前だったら正面の左側あたり。でもねえ……」


 早速ストッカーに書かれた年号を目で追いかける僕に、司書先生は再び困ったように付け加える。


「その当時ならば保管しているのは八ミリビデオのテープなんだけど、二年ほどまえに再生用のプレーヤーが壊れちゃって。メーカーでももう生産していないし、もしテープを見つけられても見ることはできないわよ」

「それならきっと大丈夫です。比楽坂先輩なら——」

「ごめんなさい、ビデオテープ資料は〝禁帯出〟なの。それがたとえ比楽坂さんでも、特別扱いはできないわ」

 






 

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