9月4日

「おーし、やめー。後ろから回収、前のやつに回せー」


 担任教師の声がかかり、教室内には鉛筆を置く音と共にため息が満ちた。

 夏休み明け直後の実力テスト。休み中の努力と心がけのほどが試される恐ろしい行事で、日焼けしたクラスメイトの八割は悔しそうな顔を見せている。

 僕は、といえば、休み中ほほ毎日開催された勉強会に参加したおかげでかなり上々の手ごたえだった。

 そう。優里先輩は僕がまた無茶をしないかと、監視の目的で二日に一度は僕を自宅に誘ったのだ。

 とはいえ、テレビもゲーム機もない殺風景な2LDKには娯楽もなく、二人っきりでは話題もすぐに尽きる。

 というわけで、早々にマン・ツー・マン形式の勉強会に移行した、というわけだ。

 成績優秀な先輩は意外に教え方もうまく、さらに僕がつまんない間違いを犯すたびに浴びせられるバリエーション豊かな皮肉のおかげで、ほどよい(?)緊張感は最終日まで持続した。


「おーい四持、首尾はどうよ?」

「ああ、まあまあかな」

「へえ、この前の期末じゃぱっとしなかったのに、休み中ずいぶん頑張ったんだ? バイト中もそんな素振り全然なかったじゃん」

「……まあな」

「じゃあさ、息抜きにカラオケ行かない? 今日はバイトもないっしょ?」

「お前はそれしか誘い文句がないのかよ?」


 相変わらず馴れ馴れしくじゃれてくる延田ギャルを邪険に引き剥がすと、「生徒会室に呼ばれてるから」と追い払う。


「へ、ヨモッシー生徒会に入ったの?」

「いいや。あと、その呼び方ホントやめてくれ」

「いいじゃん。それにどういうこと?」

「いや、夏休み中にちょっとやらかして、ペナルティとして強制労働を強いられてる」

「あーあ、まーたバカなことやったんだ、ヒヒヒッ、ウケる」

「やかましいわ」

「じゃあ、しょうがないね。バーイ」


 延田はそう言うと、あっさり僕から離れていった。

 

「さてと」


 僕は、あの日以來愛用のカメラを失って軽くなった首周りを少し寂しく思いながら生徒会室に向かう。

 ところで、あの事件の結末だが、結局栗山と柳原は無期限停学処分となった。

 僕は知らなかったのだが、栗山はガラス店の息子だった。例の熱割れについては父親の仕事を見聞きする中で手に入れた知識だったという。

 一方の柳原は動画サイトで科学実験専門のチャンネルのヘビーリスナーだった。ワイングラスを音で割る実験動画から今回の犯行を思いついたらしい。

 ただ、生徒会立ち会いのもとで行われた検証では、熱割れは再現できたが超音波によるガラスの破壊は効果があったのかどうか、正直微妙なレベルだったという報告を受けた。


◆◆


「四持、聞いてますか?」


 ぼんやりしていた僕に、会長が目ざとく声をかける。


「あ、はい」

「体育祭の開催はもう間もなくです。撮影の段取りは完全に頭に入っているのでしょうね?」

「はい。先方の写真部と細かい打ち合わせを済ませました。競技ごとの撮影ポイント、分担も終わらせています」


 僕は打ち合わせノートを書記に提出し、ノートは書記からそのまま会長の手元に向かう。


「ええ、抜け漏れはなさそうね」


 会長はノートをパラパラとめくりながら素早く目を走らせ、再び書記に戻す。


「今日中に打ち込み、終わらせられるかしら?」


 そう尋ね、小さく頷く書記から副会長に目を移すと目配せをする。それを受けた副会長は無言でのっそりと立ち上がり、奥のロッカーからカメラバッグを取り出して僕の前に置いた。


「生徒会の備品を預けます。数日中に使い方をマスターしておいて」


 会長のその言葉で打ち合わせはお開きになった。

 渡されたカメラバッグを開いて中を確かめるとキヤノンのデジタル一眼レフとレンズ数本が出てきた。


「かなり前の機種らしいが、使えるか?」


 副会長に問われてカメラボディを手に持ってみる。


「重いですね。予想以上です」


 十年ほど前のフラッグシップ機種だ。解像度的には壊れてしまった僕のソニーとそう変わらない。ただ、ボディが大きくてとにかく重い。


「バッテリーの持ちが少し不安ですが、途中で充電すればいけると思います」


 この機種は使ったことがないが、クセを掴むために何日か持ち歩いてみればいいだろう。僕は許可を取ってズームレンズとセットで持ち帰ることにする。


「では失礼します」


 生徒会室を出てカメラを肩にかける。ストラップがずっしりと食い込み、ほんの数分で以前の愛機が懐かしくなった。

 写真部復活どころか、カメラを失い、今や生徒会の下僕状態だ。夢はどんどん遠くなる。


「バイト、かなり増やさないといけないなあ」


 僕はつぶやくと、足早にバイト先のスーパーを目指した。

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