7月26日
あっという間に夏休みが来た。
期末考査の結果は可もなく不可もなく、学年順位は平均よりちょい上といった感じで、補習は無事に免れた。
ちなみに延田は、というと、これが学年十二位という驚くべき(?)好成績だった。
配布された席次表をチラチラ見せながら、「あれれぇ〜、四持クン、なんだったら個人授業してあげよっか〜」と上から目線で散々ドヤられた。
丁重にお断りしたのだが、教室でもバイト先でも、目が合えばちょっかいをかけてくる。
さすがにウザくなって、せめてバイト先でくらい平和に過ごそうとシフトをずらすが、すかさず合わせてくるのがしゃくに障る。
陰キャに優しいギャルはいなかったんだと心のなかで血の涙を流し、イジられ続けること一週間。今日でようやく課外授業も終わりだ。夏休み中はバイト先でしか顔を合わせずに済む、と安心していたところで、僕は思いがけない人物の訪問を受けた。
「おい、四持、おまえ探偵やってるんだろ?」
「は、探偵?」
「延田が言ってたぜ。校内の厄介ごとを解決して回ってるって。すごいよな」
「あ、えーっと?」
僕は見知らぬ相手の顔をじっと見る。ユニフォームを着てるから野球部なんだろう。ナンバーがないので補欠か、あるいは僕と同じ一年生。さすがに同じクラスではなかったはずだか……。
「あ、悪い。オレ、五組の
「僕のことを?」
「ああ、延田っているだろ? あのポジティブモンスター」
「……ああ」
なんと。
五組は渡り廊下を挟んだ隣の校舎だ。今さらながら、あの
「あいつから紹介を受けたんだ。いつでもカメラぶら下げてるからすぐわかるって」
「あいつめ!」
「いや、決してバカにした言い方じゃなかったぜ。尊敬してるとかなんとか」
「あいつはすぐそういう戯れ言を言ってからかってくるやつなんだよ。それより何の用だ?」
休み前にいつもの図書室詣をしようと考えていたのを邪魔され、内心ちょっとイラつきながら聞き返す。
「あ、そうそう、お前に助けて欲しいんだ。オレ、無実の罪で熊元に睨まれてて」
熊元は体育科の教師だ。僕は直接面識はないが、名前の通り熊みたいな体格で、性格は高圧的。基本的に生徒を信用しておらず、目をつけられるとかなりウザいとは延田の弁。
「あー、なんだ?」
面倒だなとは思いつつ、とりあえず探りを入れる。
「ああ、俺ら夏の大会はだめだっただろう? だから秋の予選は頑張ろうってみんなで決めて、せっかくだからこの際色々アピっとこうって話になって……」
「ふんふん」
僕は頷いた。確かにその気持ちは理解できる。
「グランドの職員室寄りに遊歩道があるだろ? 俺たちは三年の先輩に言われてあそこで素振りをやることになったんだ」
これもなんとなくわかる。教師連中に練習風景を見せつけようって目論見だろう。ずいぶんわかりやすい。
「でもな、昨日の夕方、オレが素振りをやってると職員室の窓がいきなり割れて――」
「は? 小石でも当たったか?」
「素振りだぜ、んなわけないだろ」
それはまあ、そうだ。
「そしたら、運の悪いことに割れた場所が熊元の席のま後ろでさ……」
「ああー」
その先の展開はなんとなく読めた。熊元はガラリと窓を開き、ちょうどその時目の前にいたこの石渡を犯人と決めつけたのだろう。素振りをしていただけだという彼の弁明は通らず、ひどく厄介な立場に追い込まれたと。
「僕は君を教師に売ることはしない。その上でひとつ聞きたい。本当に何もやってないんだな」
「ああ。一龍の〝本格チャーシュー麺、チャーシュー増量麺大盛り〟に誓って、本当に俺はバットを振っていただけだ」
「ふむ」
僕ら男子生徒にとって、最寄り駅のそばにある中華料理屋「一龍」のラーメンは一種の仮想通貨になっている。彼の提示したメニューは一龍のメニューの中でもっとも高額で、つまりこの場合最上級の誠意を意味する。そこまで言い切る以上ウソはないだろう。
「あ、でも、素振りの衝撃波でガラスが割れたとかだったらちょっと格好いい――」
「アニメかよ! んなわけあるか! じゃあ行こう」
「行こうって? どこに?」
「もちろん現場だろ? トラブルになったのは昨日の何時頃だ?」
「……えー、夕方五時、いやもう少し早かったかな……」
見るからに及び腰なのは、また熊元に見つかって絡まれるのがよっぽどイヤなんだろう。だが、現場を見ないと僕だって何も判断できない。
「大丈夫、大丈夫。生徒会に頼まれて写真を撮りに来たって言うから」
「えー」
普段こき使われているんだ。こんな時くらい虎の威を借りてもバチは当たらないだろう。
僕はそれでも腰が引けている石渡を半ば引きずるように遊歩道に向かった。
「うわ、暑いな」
空には今日も雲一つなく、西に傾きかけた太陽が職員室のガラスに反射して強烈に照り返していた。まるで太陽が二つに増えたようなものでまぶしさはもちろん猛烈に暑い。
「よくまあこんなところで……」
顔をしかめる僕に、石渡は処置なし、とでも言いたげに両手を広げた。
「体育系の部活じゃ三年生の言うことは絶対だよ。仕方ないさ」
「そんなもんなの?」
「……ああ」
頷く石渡の視線の先では、お互い掛け声を掛け合いながらバットを振る野球部員の姿がある。
と、どこかでピシリッとムチを振るうような音がした。
「ん? 何か――」
次の瞬間、僕のつぶやきをかき消すようにけたたましい防犯アラームが響き渡った。
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