5月19日 −3−

「ウワサが出始めてまだ数日のはずだ。ずいぶん耳が早いな。それも〝写真部パパラッチ〟の活動なのかな?」


 なぜだかほんのり嬉しそうな表情とは裏腹に、優里先輩はなかなかに肉のこもった口調で僕を当てこすった。〝写真部〟という単語に変なルビを振られたような気がして僕は眉をしかめる。


「やめときたまえ。好奇心だけで面倒事に関わると大怪我するよ」

「そんなのじゃないですよ」


 僕は少しむっとしながら返した。自分が進んで厄介ごとに首を突っ込んでいる自覚はある。でも。


「僕は写真家になりたいんです。そのために今はとにかく写真絡みの経験を何でも積んでおきたいんです。あくまで自分の得を考えているだけです。笑ってもいいですよ」


 延田のおせっかいに感化された部分も確かにある。でも、純粋な人助けというわけでもない。入学からたった二ヶ月で校内に色々つてやコネができたのはこの活動のおかげでもあるのだ。


「でも、それを言うなら比楽坂先輩だって同じじゃないですか。そんな高そうなプロ機材まで持ち込んだのは――」

「友達に頼まれたからね」


 彼女は僕から視線をそらしながらボソリと答えた。見れば耳の端が少し赤い。


「数少ない友達から頼られたんだ。役に立ちたい。そう思ったっていいだろ?」


 どうやら、ぶっきらぼうな口調は彼女なりの照れ隠しらしい。

 憎まれ口のようなことを言いながら、先輩も好奇心以上の思いでこの場に臨んでいる。僕はそれがなぜか少しうれしかった。


「で、その友達は?」

「すっかり怯えてしまってここには近寄ろうともしない。だが、彼女は近々教室の主催するコンクールに参加予定なんだ。不安は一刻も早く早く解消すべきだ」

「そうですか。でも、目撃……というか体験例が複数あるんじゃ単なる聞き間違えという感じじゃなさそうですね」

「ああ、麻子は……」

「えっ!!」

「何だ? いきなり大声を出したりして」


 先輩はしかめっ面で僕を睨みつける。


「いえ、友達経由でしたが、僕が頼まれたのも麻子さんの件で……」

「……なんだ、相談したのは私だけじゃないのか」


 口を尖らせる先輩。なんだか微妙に悔しそうだ。


「麻子さんって一年じゃないんですか? 確か一年四組」

「違う! 麻子は二年だ。二年四組」

「なんと」


 一方で僕も憤慨していた。延田のやつ、先輩まで友達タメ扱いなのか。気さくにも程があるだろう、と。


「まあいい、それより早く済ませよう。こっちにも都合がある」

「超常現象がこっちの都合を聞いてくれますかね?」

「うるさい。君はまずその減らず口を封印したらどうだい?」


 先輩はズカズカとピアノのそばまで歩いていくと、演奏用の長椅子にちょこんと腰掛けた。

 かと思うと、こっちに向かって自分の隣をパシパシと叩く。


「そんなところにいちゃ駄目だろ? こっちに来たまえ」

「……いや、でも」


 ピアノ用の長椅子は狭い。ほとんど身を寄せ合って座ることになる。だが先輩はまったく気にする素振りもない。


「現象を再現するんだ。演奏者と同じ目線で観測しなければ意味がない」


 僕は身を固くしながら彼女の隣に腰掛けた。二の腕はほとんど密着し、なんだかいい匂いがする。

 僕は苦労して彼女の存在を頭から追いやり、カメラを構えてファインダーの中に意識を集中した。

 


 

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