秘密の隠れ家レストランへようこそ。

首領・アリマジュタローネ

秘密の隠れ家レストランへようこそ。




「ねぇ──もうすぐ記念日だし、“秘密の隠れ家レストラン”にでもいかない?」



 妻が風呂上がりでほぼ全裸だった私にそう言ってきたのは、恐らく私がイッテQ!を早く観たくてほぼ全裸の状態でリビングに来てしまったからに違いなくて、もしその要望が本気であれば本気であるだけ、この願いは真面目に聞き入れなければいけないと思い、私は優先的に鼠蹊部をタオルで拭き、拭いたタオルを首に巻き付けて、何事もなかったかのように着替えを済ませた上で彼女の目の前に着席した。


 テーブルには冷えたビールが置かれてある。



「今、Twitterで話題になっているお店よ」


「つぃたぁー? なんだそれ? イーロンマスクが買収した会社か?」


「そんな覚え方をしている人はあなただけよ」


「バカがTwitterやるなよ。……死ぬぞ?」


「私はバカじゃない。バカ扱いするなら記念日に離婚するわよ」


「お前、それ本気で言ってるのか……?」


「本気で言ってたらこんな何年もあなたと一緒にいるわけないじゃない」




   「「えへへへへへへへ」」




 ドラマの影響か、こうやってイチャイチャすることが多くなった。

 私たち二人の間には子供がいない。

 だが、愛情はある。



「とりあえず、読んで。ほら」


「……うーむ。Twitterの文章は下手すぎるから到底読めたもんじゃないな」


「村上春樹と同じこと言ってる! え、あなた村上春樹と同じ意識で生きてるの? すごいわ、抱いて」


「また後でだな」



 目を細めて該当するツイートを読むがあまりに文章が下手すぎて目がスイミングしてしまう。



「つまり、なんだ。コイツは何が言いたいんだ?」


「要するに“秘密の隠れ家レストラン”っていうお店が本当にあったというツイートよ。数年前に話題になって都市伝説のように思われていたんだけれど、本当に実在しているだなんて思わなかったわ……」


「嘘松じゃないのか?」


「嘘松じゃないわよ。このツイートした人、ヤラセとかしない人だし」



 どうやらフォロワー何千人も抱えているインフルエンサー的なやつだったらしい。

 なんだ、滝沢ガレソみたいなやつか。



「実際に口コミレビューもあるのよ。なんと星4.8。軒並み高評価でびっくり!これはどこの国の言葉かしら?ちょっとわからない……。ああ、でも低レビューもあるけど、大体のコメントが『いつやってるんですか?』『本当にあるんですか?』って意見だけ」


「レビューは信用できん。不動産屋のレビューくらい怪しい」


「その不動産屋に対する敵意なんなの」


「場所はわかっていないのか?」


「大体の住所はリークされているらしいんだけど、基本的に閉まっているの。中には入れないし、入ろうとしたYouTuberが去年住居侵入罪で捕まっていたわ。お店がやっているか、やっていないかは運らしいんだって」


「マボロシ島みたいなことか」


「そう、マボロシ島みたいなこと」



 妻はそういってワインを飲んだ。



「ブラックボックス展みたいなことじゃないのか?口コミだけ盛り上がっていて、中身は何もないみたいな」


「確かにブラックボックス展的なことかもしれないけど、そもそもお店自体が開店してるかわからないのにこんなに話題になるのかなって。それに星を獲得したシェフがいるらしくて」


「ただの話題集めだろう。ミシュランのシェフは信用ならない。どうせダブル不倫やってんだ!」


「もうっ……なんでそうすぐに斜に構えるの? 私、興味あるのよ、このお店に。お料理を食べてきもちくなりたい!」


「けしからんっ」



 私はイッテQ!に目を移して、妻の意見を否定した。

 だけど、興味はバリバリあった。

 なので爆サイや知恵袋や5chやyoutubeやTikTokやTwitterやchat gptなどを駆使してその“秘密の隠れ家レストラン”についてくまなく調べた。


 そしてわかったことは、神戸の元町あたりにあるということだった。

 なんだそれくらいの距離なら車で行けるし、別にそのお店がやってなかったとしても、南京町あたりでご飯食べて、三宮のmosaicでゆっくりすればいいか。

 そう思い、朝から車を飛ばして、元町に向かった。

 お店の営業時間が10時半だったので、10時くらいに着いた。


 ※ ※ ※


 案の定、周辺地域は人でいっぱいだった。

 リークされていた地図あたりを行くものの、それらしいお店は見つからなかった。

 若者が大人数で建物の看板を見て「どこやろ〜」「ほんまはないんかなぁ」「宇宙人が経営してるって情報もあるしなぁ〜」などと噂をしている。


 ……宇宙人? こいつら本当にバカか?

 だからバカはTwitterをやるなってあれほど言ったのに。情弱はこれだから困る。


 私が妻の要望に応える素振りを見せて「結局、デマか。時間の無駄だからもう帰ろう」とZ世代くらいにコスパを重視して行動しようとしたときだった。

 妻が「……あれ?」と声をあげた。



「さっきあの大学生たちが中を覗いていたお店、看板には『準備中』って書いてあったのに、今は『営業中』ってなってる。え、あのお店かしら?」


「いやいや、そんな上手い話あるわけないだろ。あのお店が“秘密の隠れ家レストラン”のわけがない。だって、秘密の隠れ家レストランなんだぞ? 秘密で隠れているんだ。マボロシ島くらい見つからないお店なんだろ? 大体、あの建物はYouTuberが侵入したお店でもなければ、リークされている場所とも違うじゃないか」


「……地域が同じなだけで、住所は毎回違うって言ったら?」


「……ほう? では行ってみて確かめてみようか」



 妻が探偵みたいな顔をしたので、私もそれに付き合いながら、周囲にバレないようにこそっとお店の扉を開いた。

 なんだかんだで私たちはノリが良いのである。

 ミーハーなのだ。

 チェンソーマンだって読むし。



「いらっしゃいませ。

 ──秘密の隠れ家レストランへようこそ」



 お店に入るなり、カーテンが閉められた。

 ウエイターが私たちに深々とお辞儀をする。


 まさかまさかのビンゴだった。


 ※ ※ ※



「え、ここが本当にSNSで話題の“秘密の隠れ家レストラン”なんですか?」


「はい、当店が有難いことに皆様に話題にして頂いております“秘密の隠れ家レストラン”です」


「……マ?」



 秘密の隠れ家レストランって名前は流石に直接的過ぎるだろと思ったが、どうも嘘を言ってるようには思えない。


 中はごく普通の喫茶店くらいの広さに、テーブルがひとつだけポツンと置かれていた。

 当然ながらお客さんは一人もいない。

 その席に案内される。



「よ、予約とかしていないんですが、大丈夫だったんですか?」


「ええ、大丈夫ですよ。そもそも当店は予約システムがございませんので」



 従業員はウエイターが一人、厨房に二人くらい人がいるのが見える。

 ワンオペとかではないらしい。



「えっと、メニュー表とかは?」


「申し訳ございません。当店、メニュー表などはなく、一つのコースだけを注文するシステムとなっております。お値段は一人1万円。お二人で2万円です」



 どうやらこだわりが強いお店らしい。

 お値段もなかなかすることから、お客さんを厳選しているタイプのお店のようにも思える。

 ただ星を獲得しているシェフがいて、これだけ話題になっているのであれば、この料金はまだ良心的であろう。



「じゃあ、二つください」


「かしこまりました。それでは準備させていただきます」



 ウエイターはそう言って、テーブルに白い布を引き始めた。

 フォークやスプーンなどが置かれて、お水がコップに注がれる。このお店にはお酒はないらしい。

 コース料理というのであれば、まずは前菜だろうか。



「……ドキドキしてきた。こんなの初めて」



 妻が手渡されたエプロンを着ながら恍惚な顔をした。

 私は肩の力を抜かずに料理を待った。

 横の壁には張り紙で「スマホ禁止」と書いてあった。


 ※ ※ ※


 いくら待てども料理はこない。

 流石に待ちくたびれてきてイライラして、そろそろスマホを触ろうとしようとしたときだった。


 ウエイターが白いお皿を二つ運んできた。


「大変お待たせいたしました。こちら、前菜の【ピューネの根】です」


 現れたのは謎の枝だった。

 え、なにこれ?と二人で顔を見渡していると、ウエイターが優しく微笑んだ。


「そのまま何もつけずにお召し上がりください」


 いや、調味料なにもテーブルに置かれてないけど……と思いつつも、私は待たされてお腹が減っていたので、その【ピューネの枝】をかじった。


「……あー、なるほど」


 飛び上がるほど美味しいと期待していたのだが、変な味がした。

 なんていうか変な味である。

 美味いとはおもえない。


「……そうね。ピューネの枝」


 隣の妻も枝を完食したものの、エプロンで口を拭いて複雑そうな顔をした。

 とても不味いとは言えない。

 

 とは言えど、まだ前菜だ。

 次のスープは美味しいかもしれない!


 グッと我慢しながらまた再び長い時間を待っていると、ウエイターがニコニコしながら料理を運んできた。



「スープの【バニャビニャチュ】です」


「ばにゃべにゃ……なんて?」


「【バニャビニャチュ】です」



 運ばれてきたのは謎の緑色の液体だった。

 とても美味しそうには思えない。

 臭いもなんかクセが強い。


 私は息を止めながら、そのスープを口に運ぶが、やはり変な味がした。

 美味しいとは到底思えない。

 ……なんだこれ?



「……そうね。うん」



 妻はそれを少し残した。

 私たちのテンションはガタ落ちだった。



 それからと言うもの①長い時間待たされる②不味い変な料理を食べさせられる、という時間の繰り返しだった。

 肉料理である【ジャンマジャンマロース】は中も火が通ってなくて、本当に食えたものじゃなかった。

 それでも私たちは文句言わずにそれを食べた。

 私たちは民度が高かった。

 黙ってそれを黙々と食べた。



「ではデザートである【パパャン】です」



 デザートは甘くもなくて、逆に辛かった。

 妻は咳き込んで「トイレありますか?」と気分を悪くしていたが「トイレはありません」と否定された。

 最悪な結婚記念日になったことを言葉を交わさなくとも、お互いに気付いていた。

 だからSNSは信用ならないのだ。



「……ごちそうさまでした」


「……でした」



 私たちはエプロンを脱いで、すぐにお店を出ようとした。

 これならサイゼリヤに行ったほうがマシだった。

 餃子の王将でよく焼きの餃子を食べて、ビールを飲んだほうがまだよかった。

 あまりにも不味すぎた。



「お待ちください。当店オーナーがお二人にご挨拶をしたいそうです」



 さっさと帰ろうとしたのだが、座るように促された。

 私たちは言われるがまま、席についた。

 心を折れかけたが最後の期待がまだ少しだけ残っていた。

 もしかしたらこれからが本番なのかもしれない。


 ※ ※ ※


 現れたのはサンドウィッチマン富澤さんみたいな風貌の男だった。

 名札には「伊達」と書いてある。惜しっ。



「お気づきかと思いますが、このお店にはんです。なのに勝手にこのようにSNSで取り上げられて、すごく困っております。どうにか何も発信せずに、そっとしておいていただけないでしょうか」



 急にそんなお願いをされたものだから、私たち夫婦は顔を見合わせてしまった。

 確かに変なTwitterの情報に流されて野次馬精神で来てしまったのは悪いとは思うが、こちらは一応お金を払っているお客様なのである。

 結婚記念日にわざわざ来たのにこんな不味い料理を出されたのなら文句の一つも言いたくはなる。

 Twitterで呟いて拡散させるべきだろう。

 そして、ネットニュースに取り上げられるべき問題だ。

 これ以上、被害を出すのを減らすために。



「お言葉を返すようですが、もし本当にそっとして欲しいのであればお店を休業するなり、自分たちのアカウントを作って発信するなり、他に方法はいくらでもあるのでは? 私たちに頼むのはお門違いですよ。……もう帰っていいですか?」


「……あの、すいません。もしかしてお料理がお口に合いませんでしたか?」


「いえ、そんなことはありませんよ。料理はとてもおいしかったです。ごちそうさまでした」



 もちろんこれは嘘だった。無駄金を使ってしまったという怒りもある。

 だけど、別にそれを本人らには伝えない。

 書くのならSNSで、だ。

 私たち一市民のツイートに求心力なんてあるとは思えないし、誰も信じてはくれないだろうけれど、それでも来た以上、何かを発信しなければ割に合わない。

 むしろ真実を書き込むほうが、お互いのためになる。



「約束はできない、と」


「約束はできませんね。では、私たちはこれで」



 二人で席を立つ。そんなに口コミレビューが低い点付けられるのがイヤなのだろうか。まぁ確かに期待値が高すぎる状況になったのはこの人たちのせいではないけれど、そもそもなんであんなクソ不味い料理を絶賛したインフルエンサーがいたのだろうか。星を獲得したなんて嘘ばっかりじゃないか。最低な店である。



「ご来店、ありがとうございました。良い結婚記念日になるように私たちはお二人の幸せを遠くの宇宙からお祈りしております」


「……?」



 そんな話したっけ?と少し疑問に思ったが、怒りが勝ってしまったので適当に首だけ振っておいた。

 ちょっと何言ってるかわからない。


 レジに行く。

 ウエイターに二万円を渡して、さっさとお店を出ようとする。

 だが、その時にキッチンのほうを見てしまった。



「……どうしたの、あなた。顔色が悪いわよ?」


「え、いや……その」



 妻に背中を押されて、お店を出た。

 振り返ったとき、もうそのお店はそこにはなかった。扉は消えて、また『準備中』という看板だけがそこには残っていた。


 私は見てしまった。確実に見てしまった。

 キッチンの奥で私たちに会釈するコック帽を被った宇宙人の姿を……。

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