第一章-8

たとえ油断していたとしても、一端の亜獣狩りである。

無抵抗で首を切り落とされることなどあるのだろうか。


だが、現に、男の前にユリが立っていた。

少しの間があった後、近くに立っていた男が叫んだ。


「こ、こいつ! 至天の案内人(コンシェルジュ)の!

 死神のユリだ! この不死の世界で人を殺せる、唯一の権能使い!」


「誰が死神か!」


ユリが叫ぶと同時に、その男が感じた恐怖が周囲に広がった。

ユリから亜獣狩り達が大慌てで離れる。

だが、ユリはそれを見るとこれ幸いとチグサにぺこりと頭を下げる。


「どうやら、出してくれるみたいなので。失礼」


ユリはそう言うと、ランとベル、マツバを引き連れて亜獣狩りを出た。


「……いや、待て! 誰が出ていいと言ったか!

 お前ら! 何してんだ! あいつを出すな!」


「で、でも支部長! あいつ、人を殺せるんですよ!

 こいつも首を斬られて死んだかもしれないっすよ!」


亜獣狩り達は首が落ちてピクリとも動かなくなった男を指さして、恐怖する。


「くそっ!」


チグサはそう言いつつ、スーツの着こなしを直していた。


逃げ出したユリ達はランに連れられて路地裏に来ていた。

路地裏にある家々もすべてきれいに作られており、この街がいかに守られた場所であるかを物語っていた。


こんな感じの街になるなら、ああやって亜獣狩りの支部長が権威主義になるのも仕方ないかなとユリは考えつつ歩いていると、ランが突然ユリの手を握った。


「ラ、ラン?」


ランはしばらく考えこんでいたが、ユリの瞳をまっすぐに見る。


「ユリ。……あなた至天の案内人(コンシェルジュ)なの?」


「え、えっと、そうだよ?」


「……そうなんだ。それなら、ちょっと会ってほしい人がいるの」


「え?」


ランは真剣な顔をして、街の中心部にある巨大な白い塔を指さした。


▼白の塔


「で、でかぁ……」


逆さ街の中心にある白の塔の真下へ着いた時、三人は全く同じように上を見上げて、感想を述べた。


「ふふふ、ここに始めて来た人はみんな塔のてっぺんを見上げてそう言うの」


ランはいまだに上を見上げている三人を可笑しそうに見ていた。

それもそのはずだった。

白い塔の高さは五十メートルであったが、直径が五〇〇メートルもあった。

ユリ達は上を見上げつつ視線の中に塔の端が入ってこないことに驚きを隠せずにいた。


そんなユリ達の前でランが、手のひらで行く先を示す。


「さて、こっちに来て」


「わかった」


ユリがそう言うと、ランの先導に従って三人とも歩き出す。


「あ! 痛いっす!」


「痛いよぉ!」


上を向いたまま歩こうとしたマツバが、つまずいてそのままベルにぶつかった。

ところが、マツバにぶつかられたはずのベルがちょっと申し訳なさそうに言う。


「す、すみませんっす!」


すると、ベルの背中にぶつけて痛かった鼻をさすっていた、マツバがピーンとわかった顔をして言う。


「痛いよぉ。ちゃんと気を付けて歩いてよぉ。

 あたしの背中にあんたの鼻の形、残したくないんだけどぉ」


そして、二人は驚愕の表情を浮かべると、ベルが言う。


「し、しまったっす!」


マツバが続ける。


「あたしたち、入れ替わっているよぉ!」


ベルとマツバは二人そろってユリの方を見た。

ユリは本気で心配そうな表情でベルとマツバを見ていた。


「え、ほんとに入れ替わっちゃった……?」


ベルは、少し、悲しそうな表情を浮かべつつ言う。


「そうなんすよ! このままじゃ俺、こんなナイスバディになっちまうっす!」


マツバもベルの調子に合わせて言う。


「あたしも、こんな……、こ、こんな、こんな……ひょろもやしみたいな体で過ごすなんて、嫌だよぉ」


マツバの目から涙がこぼれる。

ベルはマツバが自分をほめようとして失敗したのを見て吹き出しそうになるのを必死にこらえた。

マツバの涙は演技ではなく本物だろうなとベルは考えていた。


「や、やばいじゃん……!」


ユリは慌ててLBMT(左腕のデバイス)に触れ、衝突によって入れ替わってしまった二者の魂を元に戻すプログラムを必死に組み立て始める。

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