第一章-4

ビュンと風切り音が鳴り響き、マツバのおでこにユリが持っていたはずの焼き鳥の串が刺さった。


「いってぇっす!」


マツバは慌てて櫛を抜きおでこを擦る。


「な、何するっすか!」


「お前に『口は災いの元』ってやつを叩き込んだだけだよ!」


マツバはぷりぷりしながらも、おでこから手を離す。

少しだけ出血しすぐさま傷がふさがる。

軽い傷ならあっという間に治癒してしまう。

人類はずいぶんと人間離れした場所へ来てしまっていた。


「ねぇ、ラン。逆さ街の重力圏ってどうなってるの?」


ランは首をひねりつつ言う。


「正確に知っているわけじゃないけど……。

でも、逆さ街自体は地上百メートルほどのところに浮いている直径十キロくらいの岩盤で、逆さまになっていられるのは岩盤の下限から大体三十メートル程度のところまでとは聞いているわ」


「知らないって言ってる割には良く知ってるじゃん。それなら……」


ユリは地面にへたくそな絵を描く。

右にパチンコのような図。

そして、左に楕円の逆さ街を表す場所。


「ここら辺にパチンコ的なのを作ってみんなで飛んで、岩盤の重力圏に突入しよう」


ユリはパチンコから楕円の下側に向けてヒョイっと放物線を描いた。

そこでマツバが手を挙げた。


「ユリ姐さん! 確認したいことがあるっす!」


「どうぞ」


ユリは満足げに言う。


「ユリ姐さんは空中で方向転換することができるっすか?」


「できないね」


ユリはシンプルにそう言った。


「ベル姐さんはどうっすか?」


「あたしも無理だねぇ」


「ランさんは?」


「私も無理よ。私の権能はちょっとだけ火をつけることができる程度のものだもの」


ランは足元でめらめらと燃える焚火を指さした。

全員の状況を確認したうえでマツバは言う。


「俺も無理っす。

つまり、この計画には失敗した後のリカバリプランが無いっす!

失敗したらマグマ落下なんすよ⁉

もうちょっと慎重な方法にしないっすか?」


ユリはマツバの意見はもっともだとうなずきつつ言う。


「なるほど、なら、どんな方法がいいかな?」


「えっ?」


マツバは絶句しつつユリを見る。

だが、ユリは曇りなき眼でマツバを見ている。


「あー、そうっすね……。岩盤に届けばいいんすから……」


マツバはしばらく悩み、周囲の状況を確認し、がっくりとうなだれた。


「ユリ姐さんの案しかないっすかね。

あ、ベル姐さんやランさんはどうっすか? なんか案とか……」


マツバの淡い期待は二人とも首を振ったことで打ち砕かれる。


「ユリ姐さんの案で、お願いするっす」


「あら、そう?」


ユリはそう言うと少しワクワクした表情で、周囲の木を選定する。

人を打ち出すパチンコとするのであれば頑丈な木が良い。

ベルとマツバ、ランは焚火を囲みつつしばらく待っていると、ユリが準備できたと三人を呼びに戻った。


「じゃーん」


そう言ってユリに見せられた場所には巨大な木が二本立っている場所と、その間に括り付けられた巨大なゴム、そして、それを十分引っ張って固定している木があった。


「うわぁ、原始的だねぇ」


「ありものを使った割にはよくできてるでしょ」


「これ、ゴムはどうしたんすか……?」


「ちょっと、ゴムの木を作って加工した」


「か、加工っすか? すごいっすね……」


「あの……本当にこの方法で街に入るのかしら……?

誰か降りてくるのを待った方がいいんじゃないかしら?」


ランは目の前にすでに完成してしまったパチンコを見つつようやく不安になり始めたようだった。

ユリはふんと鼻を鳴らす。


「私は、誰かの助けを黙って待つってこと、嫌いなんだよね」


「そ、そうなのね……」


「それに、このパチンコはそこそこ計算して作ったから、大丈夫だって」


ユリはにんまり笑うと、ちょうどパチンコの玉を包む部分にベル、マツバ、ランを手招きする。

ちょうど木の位置に移動した四人は木を境にユリとベル、マツバとランの二人ずつに分かれゴムにきっちり背をつける。


「さて三秒カウントした後に発射するよ」


背中をつけ空を見上げつつマツバは震える声で言う。


「ユリ姐さん? ほんとに大丈夫なんすよね……?」


「完璧だよ!」


ユリは自信満々にそう言うとLBMT(左腕のデバイス)でゴムを引っ張って止めている木に触れて言う。


「いくよ~。3、2、アンインストール! 深い根の木(deep_rootedTree)!」


パチンコのゴムを引っ張って支えていた木がフッと消えた。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」

 

マツバとランは涙目になりながら空へと放り出された。

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