第一章 逆さ街

第一章-1

「いやぁ。逆さまになった街とは聞いていたけど、まさか、ここまできっちりと逆さまになっているとはなー」


ユリはそう言いつつ上を見上げる。


ユリはきっちり手入れされた鎧替わりの黒のレザードレスを纏い、灰色の革のズボン、ひざ下までの黒い革靴を着こなし、腰には軍刀を下げている。

長い髪を適当に後ろでまとめた、ポニーテールがゆらゆらと揺れている。

低身長であることと相まってとても活発な少女というような印象であった。

背に背負った茶のリュックは亜獣の革で作った特別性であり、どんな天候でも、相当な悪環境でもその機能を失わない優れものである。


そんなユリの視線の先には、中世風のレンガ造りの街が立ち並ぶ風情のある景色あったが、そのすべての建物の屋根が地面の方を向いている。


街の大きさはここからでは、全貌がわからないほどには巨大であり、多くの人が街を行きかいしているのが見える。


ただ、一つ、最も目を引くのは岩盤の中央にある、巨大な白い塔だった。直

径も相当大きいらしく、塔というよりはキノコの石突のようにも見える。


「……そして、下にはマグマってわけねぇ」


ベルはユリとは反対に下を眺める。


ベルもきっちり手入れされた鎧替わりの白のレザードレスを纏い、グレーのズボンに、ひざ下までの白い革靴を着こなし、白色の背には巨大な斧を背負っている。

リュックはユリと一緒に作ったお揃いのものであり、やはり耐久性に優れている。

こちらは高身長でありモデルのような印象を受ける。


ベルが眺める先にある逆さ街を支える岩盤があったのであろう場所にはぽっかりと巨大な穴が開いており、マグマが波打っていた。

たとえ不死になった人間でも、マグマに落ちてしまえば、全身を溶かされ復活するには運よく自分の断片がマグマ以外の場所へ流れつく必要がある。


噂によれば別の場所でマグマに落ちて消えた人間が三十年後、小規模な噴火で出てきたことがあるらしい。

だが、それは相当運がいい方だろう。


「ユリ姐さん、ベル姐さん……、ほんとにあの街に入るんすか……?」


震える声でそうつぶやいたのは、白のワイシャツに黒を基調としたジーンズを着て、青みがかったスニーカーを履き、腰には日本刀を下げている男だった。

背には前の街で購入した低品質の亜獣の革で作ったふにゃふにゃのリュックを背負っている。


「マツバ。あんた一体どこまでついてくる気なの?」


ユリの質問に対し、マツバと呼ばれた男はぐっとユリの両手を握って答える。


「もちろん、どこまでもっす!」


ユリはげんなりしながらマツバに握られた両手を離す。

ここに来る前に寄った街で依頼を聞いてしまった時、うっかりついてくるか?

などと言ってしまったがゆえにこうしてマツバはこんなところまで来てしまった。


マツバは前の街で疎まれ洞窟にこもって生活することほぼ百年。

最近外に出てきたばかりであるため、見るものすべてが真新しい。


「ユリ姐さん。あんなとこ、入るのやめておいた方がいいっすよ……」


ついてくるのは別にいいがとユリは思う。

このネガティブ思考はどうにかならないだろうか。

ついてくる以上マツバは至天の案内人(コンシェルジュ)としてついてきてもらうことになる。

あまりにもネガティブなのは困るな、とユリは思いつつ言う。


「入るよ」


ユリの無慈悲な言葉にマツバは、下のマグマを指さす。


「でも、ユリ姐さん。こんなとこ、無策で入ったら、俺たち一瞬でマグマの一部になっちまうっすよ?」


「それはそうだねぇ」


ベルはそう言いつつ眼下に広がるマグマと、頭上にある逆さ街を見比べる。


「……思いっきりジャンプしたらあの街の重力圏に入ったりできないかなぁ?」


「飛んでみる?」


ユリとベルは助走の準備をするふりをする。

それを見たマツバは慌てて言う。


「いいい石っす! 石を投げてみるっす!」


「もし重力圏に入っちゃったら街の人にぶつかっちゃうかもよ?」


「頭吹き飛んでも死なないんすから、問題ないっす」


ユリはにやりと笑いつつため息を吐く。


「おまえ、ひどいね」


「そう言って、ユリ姐さん、すでに石を拾ってるじゃないっすか。

それに、小粒なやつでもいいのに、わざわざこぶし大の奴なんか選んできてるじゃないっすか」


「投げやすい石じゃないと、街まで届かないかもしれないでしょ」


ユリは大きく振りかぶると石を放り投げた。

石は大きく放物線を描き……、特に逆さまの重力にとらわれることなくマグマへ落下した。


石がマグマの中に落ちその姿が消えるまで、三人とも一言も発さなかった。


「ダメじゃないっすか!」


「普通にジャンプするだけじゃ届かないね。

権能使っちゃうかな……?

でも、周囲に街へ伸びている道とかが何にもないから、余計なことすると街に入る前に街へ出禁になっちゃう可能性もあるよね」


ユリはうーんと思案する顔をする。

しばらくじっと逆さ街を見上げていたが、ふとユリは明後日の方向を見る。


「ユリちゃん、どうしたのぉ?」


「何か、戦闘音が聞こえる」

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