プロローグ-6
ギャスタはやれやれどっこいしょとジジ臭く立ち上がると、修復が始まった体がばらけないよう抑えながら、その場を立ち去った。
「あいつ、別に理由が合って妻から殺したわけじゃないんだな……。
なんか、悩んでた俺は馬鹿みたいだな」
ナノがそう言ったとき、ベルの持っていた水晶の表紙を持つ本が輝いた。
「これで『心に刺さった棘(メンタルソーン)』はすべて解決だね」
ベルの持つ古風な本の表紙に描かれたハートマークに刺さっていた棘が消える。
本全体が水にぬれたかのように一度輝くと、ベルは本をユリの持つ小瓶にかざした。
「トランスポート。ナノの記憶(nanoMemory)」
百合がそう言って小瓶にナノの記憶ファイルを送り込んだ。
本の輝きが小瓶の中にある液体へと移る。
ユリは小瓶を少し振ると小瓶の中の液体はチカチカと輝きを増す。
「この小瓶に入っているのはナノさん専用の『死薬』。
これを飲むことでナノさんは失っていた『死』を再獲得する」
ユリは小瓶をナノに手渡す。
ナノは小瓶を受け取ると上へ向けて、小瓶を通して空を透かして見る。
青い空に、小瓶の中の白く輝く液体が映える。
「この薬はいつ飲んでもいい。
消費期限は無いから。
効果はナノさんだけに現れるから、捨てても問題ないけど、どうする?」
ナノはユリの方を見ずに答える。
「もちろん飲む。あまりにも長い時間、待ち望み続けた『死』だ」
ナノはユリ達に報酬の睡眠薬を渡す。
不死となった人間は眠れなくなった。
だが、薬があれば睡眠という快楽を得られる。
いつしか睡眠薬は通貨として流通するようになった。
板状にカチコチに固めた睡眠薬を札として相手の持つものと交換する。
ナノは小瓶に口を当てると一気に飲み干した。
同時にナノの記憶がベルの本へと吸収されていく。
時間感覚が薄れ、ユリ達はナノの走馬灯に巻き込まれる。
ナノは自分の奥さんとデート中に大進化へと巻き込まれた。
ちょうど進化している最中にギャスタに切り刻まれてしまったため、絶命してしまった。
ナノは彼女との出会いを思い出す。
とあるショッピングモールで迷子に同時に声をかけてしまい、出会った二人。
初めてのデートで水族館に行った時、シャチショーでびしょ濡れになった日。
河川敷で二人、のんびりしている時に、さらっとプロポーズした。
大進化のあの日、ギャスタに切り刻まれながら、ナノに手を伸ばした彼女。
「俺は、次の世界であいつと幸せになる。
ユリさん、ベルさん。あっちに来ることがあったら、挨拶に伺いますね」
ナノの体は光の塵となって消えてしまった。
次の世界があったらね。
ユリの独白は菜の花畑に吹くやわらかい風にかき消される。
ベルの権能は『記憶』。
人の記憶をベルの持つ古風な本に記録することができる。
本はいつでも記憶を引き出すことができ、記憶は何にでも複写することができる。
ユリの薬に記憶を複写し、記憶ごと相手を消す薬、それが『死薬』だった。
ナノの記録をパラパラと読んでいたベルはあっと声をあげた。
「ナノさんの本にエリちゃんの記述があるよ」
「え、ほんと?」
ユリはベルの開く本を覗き込む。
『エリという少女が私の額に触れると、生前、私が愛してやまなかった妻の姿が見えた。
その映像はもしギャスタに殺されなかったらこんなふうになっていたんだろうと言うような《もしも》な光景にも見えた。
その素晴らしい映像に対し、私はエリに感謝した。
何か手土産を渡そうとしたが頑なに断られてしまった。
気まぐれだったと。
お前たちに何かを施すなんて普通はしないんだけど、だそうだ。
どこへ行くのか尋ねたら、岩盤ごとひっくり返るという奇妙な事件が起きた街に必要な『権能』があるらしく、そのそこへ行くのだと言っていた。
もし安全が欲しいならその街に来るといい、と聞いたが私にとって安全は不要であるためお断りした』
ユリは声にならない声を上げる。
「絵里。次から次へと街を移動して……!
でも、ようやく居場所を突き止めた。
おねえちゃんが、けじめってやつをつけてあげるから待ってなさい」
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