プロローグ-2
「ありがとう!」
「うんうん、よかったねぇ!」
絵里は百合の頭をいい子いい子してあげると、鈴音にも向き直る。
「そして、べるちゃんも大学合格おめでとう!
まさか、ガリ勉のおねえちゃんと同じ大学に受かると思ってなかったよ」
「まぁね、あたし、興味が向いたら最強だからさぁ。
これまで勉強一切興味なかったけど、面白いと思っちゃったらこんなものよぉ」
ふふんと鼻を鳴らして鈴音は自分を持ち上げる。
絵里の胸の中に顔をうずめていた百合が、仏頂面で顔を上げる。
「はぁ。否定できないところが憎い。
なんで、三か月で私と同等になれる訳?
私、三年間必死に勉強したんですけど」
「百合ちゃんの教え方が良かったんだよぉ。
ほんと、心から感謝してるんだぁ。ありがとう、百合ちゃーん」
鈴音が少し下にうつむきながらそう言うと、百合は眉を顰める。
「何? 急にエモい雰囲気出すじゃん。
憎いと言う気持ちはそれじゃ収まらないよ?」
そう言いつつも、百合は鈴音の事を本気で憎めなかった。
何しろ、鈴音に興味を抱かせるために、普通の何の変哲もない勉強の話を面白可笑しく話す必要があった。
その準備をするためには人一倍勉強し、一段階深く理解する必要があった。
百合の成績が明らかに急成長したのは鈴音に教えたと言う側面もあった。
ちょっとはエモい雰囲気に乗ってやるかと百合が口を開きかけた時、絵里が言う。
「おねえちゃん、いくらちっさいからって身長の嫉妬はよくないよ!」
顔中に怒りマークを張り付けた百合は絵里の方を振り返る。
「絵里ぃ? 私がいつ鈴音の身長に嫉妬したのかな?」
「え? その小さい全身から発してるよ。おねえちゃん身長今いくつ?」
百合は押し黙る。だが、黙るだけでは意味がなかった。鈴音の口をふさがなければ。
「絵里ちゃん、百合ちゃんの身長はね「ピー!」センチだよ」
「ちょっと、おねえちゃん、ちょうど数字のところでピーって言うのやめてよ!」
「うっさい! だいたい、なんで絵里は病院に入り浸りのくせにそんな身長伸びてんの?
ああ、もう! いいじゃん! 身長の話は!」
あはははと絵里と鈴音の笑い声が病室内に響き渡った。と同時に、絵里は咳き込んでしまう。
「ちょっと、絵里、大丈夫?」
「えほっ……。大丈夫大丈夫」
百合は絵里にLBMT(左腕のデバイス)を向ける。
絵里の体内にあるナノマシンから彼女の健康数値を取得してくる。
――健康総合評価点三十二ポイント。
昨日より八ポイントも下がっている。
常人であれば五十ポイントを下回れば、死が近いとされる。
どう考えても絵里の体はもうズタボロだった。
絵里の抱える病気は、『細胞突然変異多発症候群』。
全身の細胞が何らかのきっかけで奇形を取ったり、増殖したり、減少したり。
体のあちこちでおかしなことが発生する妙な病気。
百合と絵里の両親は、その症状一つ一つに対応するのではなく、体の中で発生したそうした妙なものを即座に取り除くために新たな生体機械を開発した。
それがバイオナノマテリアル。
機械なのにマテリアルと付いているのは、バイオナノマテリアル一粒一粒が使用用途の限定されないただのエネルギー体であるから。
実際に機能するようにするには複数の粒を集め使用用途を指定しなければならない。
また、バイオナノマテリアルの優秀な点は、自己増殖する点にある。
どれだけ使っても気が付けば補充されている。
もともとはナノマテリアルという名前だったが、勝手に増えている部分がなんとなくバイオじゃない? という百合の母の意見によりバイオの名称が追加された。
「お父さん、お母さんは何て言ってた?」
百合の質問に絵里は首を振る。
バイオナノマテリアルを入れても絵里の体調が完全回復しないのには、バイオナノマテリアルの欠点が影響していた。
バイオナノマテリアルが自己増殖するスピードが、絵里の体の中で妙な突然変異が起こるスピードより遅いのだ。
単純に、間に合っていないのだ。
「何も。でも、なんだか、最近二人とも何か目指しているところがあるみたい。
考え込むよりやるべきことが多いって感じ」
「そっか、ま、私が医者になるまで、絵里の病気問題取っておいてくれてもいいんだけどね」
「ええ? 私にそこまで苦しい思いをしろってこと?」
「医学なんて一年で全部覚えてやるわ。それより、ちょっと楽しい事しよ?」
百合はそう言うと、いそいそとノート型のデバイスを取り出し、机の上に置く。
デバイスの電源を入れるとチェス盤が表示される。
ただし、普通のチェス盤ではなく中央に配置されたチェス盤の上下左右前後に追加の盤が表示されている。
合計で7面のチェス盤が広がっている。
百合はデバイスにて設定をいじると言う。
「交渉だ! このチェス勝負に勝った方が冷蔵庫の高級ゼリーを食べられる!」
「いいよ! 乗った!
でも百合お姉ちゃんは今のところ勝率0パーセントだからな〜。
ゼリーは私のものかなー?」
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