人類皆死ねなくなったけど、私は死なせる力を持っている。 ~至天の案内人~

黒鍵猫三朗

プロローグ

プロローグ-1

『正義の味方参上! 人の命を弄ぶ悪は許さないぞ!』


病院の子供向けスペースでは安そうな子供向けアニメの主人公がそう叫ぶ。

セーラー服を着た女子高生は膝に頬杖をつきつつずいぶんと仏頂面で、ぶつくさつぶやいている。


「こういうアニメって正義の味方がきちんと悪事に間に合って解決するけど、実際、悪事に気づいた時には取り返しのつかないところまで悪事が進行しちゃって、止められないと思うんだよね。

だいたい、人の命を弄ぶって何?

人の命にそこまで価値あんのかね」


少女はずいぶんと小柄であり、横に座る小学生の男の子と大して身長が変わらなかった。

おかげでその小学生に舐められているようだった。


「ねぇ、アニメにそんなリアル求めないでよ。だまってて」


小学生にたしなめられた少女は仏頂面がさらに深刻化し修羅面になる。

壁にかかったディスプレイにはアニメに出資している広告へとその画面を切り替える。


『全人類が健康に。

このバイオナノマテリアルを体内に取り込めば、あなたは健康について考える必要がなくなります!

健康維持はバイオナノマテリアルがすべて考え、食事、睡眠、運動、その他健康維持活動を全てサポート』


バイオナノマテリアルは仏頂面の少女の両親が企業と協業して開発した汎用生物機械だ。

体内に取り込み命令を与えることで自動的に様々な効果を得ることができる。

例えば、腫瘍を自動的に検知し切除したり、詰まってしまいそうな血管の壁を削ったり。


少女は自分の左の手のひらを自分の方へ向ける。

その動作をきっかけに、ちょうど腕の部分にディスプレイが現れる。

左腕のバイオナノマテリアル操作用端末(Left arm Bio-nanomaterial manipulation terminal)、通称LBMTが起動した証拠である。


バイオナノマテリアルは、いつの間にか人間社会に溶け込み、それなしでは生活できないほどである。

少女の父曰く、スマートフォンが出た時も似たような流れだったから懐かしいらしい。

残念ながら少女はスマートフォンとやらを使った事が無かったため、共感できなかったが。


LBMT(左腕のデバイス)には、百合の心身の状態が表示される。


――健康総合評価八十%


体調や、メンタルヘルスなどの細かい数値を総合し、判定された健康ポイント。

大体九〇パーセントあたりが健全な人間の値となる。

受験勉強を続けてきたせいでずいぶん低くなっていた。

ただ、この病院に来る前より五%も下がっているのは、たった今感じているストレスのせいでもあった。


少女がため息をつきつつ顔を上げると、一人の少女が近づいてくるのが見えた。


「百合ちゃん、ごめんって。

ちょっと大きい方を出す時間が長かったからってそんな顔にならないでよぉ」


身長が百八十センチもあるずいぶんとスタイルのよい女子高生が百合と呼ばれた少女に近づく。

百合と並ぶと百合がより子供のように見える。


「三十分だよ? ちょっと長いじゃないでしょ。どう考えても長すぎ」


「ええ? 私のお父さんは一時間くらいだったけどぉ」


「五十歩百歩って知ってる?

っていうか、お父さんとはもう口きかないって言ってたよね。

その口ぶりだと許してあげたの?」


「いいや。まだ。プリンの恨みはマリファナ海溝より深いからぁ」


「それじゃシャブ海溝だよ」


「どういうことぉ?」


「どうもこうもないよ。マリファナは大麻だよ。正しくはマリアナ海溝」


「タイマってなに?」


「麻薬だよ。あんたほんとに不良やってるの?」


「不良だよぉ! ほら、この髪の毛! 金色でしょぉ⁉」


「茶色じゃん」


「……お金無かったからぁ。ゆくゆくはもーっと色を抜いて金色になるから金髪だよぉ」


「やっぱ、茶色じゃん」


高身長の少女は茶髪の髪を揺らす。


「っていうか、百合ちゃんは不良がみんな麻薬やってると思ってるのぉ?」


「あら鋭い。とにかく、さっさと行くよ、鈴音」


百合はそうしゃべりかける傍ら鈴音の手を引くと、子供スペースから離れて目的の病室の前まで進んだ。

一呼吸おいて百合は扉を軽くノックした。

中からどうぞという小さな声が聞こえ、百合は扉を開ける。


開けた途端、ベッドの上で半身を起こしている少女が言う。


「お姉ちゃん。病室の外での会話、もう少し静かにできないの?

不良なら麻薬やってるって偏見、ほんとにひどいと思うんだけど」

「絵里。他人の会話を盗み聞きするのはよくないと思うの」


百合と絵里は少しの間にらみ合っていた。

しかし、どちらが先か真剣な表情が崩れお互い笑顔になると、絵里が腕を大きく広げたため、百合はそこに飛び込み絵里に抱き着いた。


「おねえちゃん、大学合格おめでとう!」

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