血の盟約《エンゲージ・ブラッド》

辛味の視界

EP.1 吸血鬼少女と契約

「ふぅ……あとは、頼んだ」

「承知した。ここは妾に任せておけ」


 目の前でぐるると腹を空かせている魔物がいる中で、少女の声が迷宮内に響いた次の瞬間、ガブリと言う音がその場に鳴ったのだった。


♢♢♢♢♢♢


「いけ、シロ!クロ!」


 その掛け声で2匹のオオカミが目の前の敵目掛けて走り出した。

 交差し、迫り来る攻撃を躱していきながら徐々に近づいていく。


「【強化付与ブースト】!」


 さらに後方から援護が飛んだ。目に見えるほどではないが、オオカミたちの移動速度が上昇している。


「ガウガウ!」「バウバウ!」


 そうこうするうちに、魔物へと攻撃を始めたオオカミ。

 敵も反撃するが、数の有利を活かした戦い方でダメージを与えていっている。


「トドメだ!」


 最後の合図で同時に攻撃を仕掛け、敵を倒す。


「いぇーい! ナイスだよ! シロ、クロ!」


 からんころんとアイテムを残し霧散した敵を見て、シロとクロへ駆け寄る。


「おーよしよし!」


 全力で戦い抜いたシロとクロを労いの気持ちを込めてわしゃわしゃとする。


 ある程度したあと、霧散した代わりに残されたアイテムの回収へと向かう。

 落ちているのは、薄い紫色の石の欠片のようなものだ。

 これは、世間一般に魔石と呼ばれているもので、これが僕ら探索者シーカーの収入源となる。


「うーん、今回は運が悪かったなぁ……7級か6級ってところかな」


 拾った魔石を眺めながら呟く。

 他に残されたアイテムを拾って移動の準備を始めた。


「今は15時……あとちょっとぐらいならいけるか」


 時計を確認してうなずき、シロ、クロと共に警戒を続けながら先へと進む。


「あれ……この迷宮にこんな場所あったっけ……」


 奥へ奥へと進んでいると、今までこの迷宮に来ていたときには見たことのない大きな扉があった。

 それはまるで、迷宮ボスのいる部屋に続く扉のようで、重厚感と威圧感があった。


「って、どうしたの!? シロ! クロ!」


 この先にいるのはボスではなくとも強力な存在であることは間違いなさそうなため、引き返そうとしたところ、シロとクロがフラフラと扉へと向かって歩き出した。


 慌てて止めようとするも、静止を振りほどいて進む。

 【従魔契約テイム】による命令も効果がない。


 そして、ついに扉が開かれる――


♢♢♢♢♢♢


「なに……ここ……」


 ただただ灰色の平坦が広がる空間に対し、そう言葉を漏らす。

 その空間に魅入られるように前へ進むと、ギィーという音がしたあと、バタン!と扉が閉まった。


「えっ!? やば!」


 扉の閉まる音で、正気に戻る。

 内側から扉を押しても引いても、うんともすんとも言わない。

 半ば諦めたように何も無い空間に目をやる。


「進むしか……ない、よね……」


 怯えながら、または警戒しながらすり足で前へ前へと確かに足を進めていく。

 すでにシロとクロも正気に戻っており、自分の前を護衛のように歩く。


 何もないのに、感じる魔力が強まる。

 それは、普段不可視の魔力が薄くではあるが見え始めていることからもわかるだろう。


 歓迎されているのか、はたまた罠にかけられているのか。

 なにもわからないまま空間の中心が近づいてくる。


「……っ! 来る!」


 魔力が濃く可視化され、渦巻く先に現れたのは異形の怪物。

 今まで戦ってきた魔物とは一線を画していることがひと目でわかる。


 その姿は、まるで――


合成獣キメラ……」


 なんの獣が混じっているのか、そもそもこれを獣と呼んでもいいのかすら危うくなるような存在。

 は圧倒的な恐怖と威圧を放ってくる。


「ま、まず―――」


 ドン! という音が鳴り、気づけばシロが壁へと打ち付けられていた。


「シロ!」


 体力の尽きたシロは、粒子となって消えてしまった。

 これで、戦力はクロのみ。

 そのクロも、シロと能力的には同等のため、勝ち目はないだろう。


 自然と、顔に恐怖が浮かぶ。それを見た合成獣がニヤリと笑ったような気がした。


「僕は……ここで死ぬ、のか……?」


 心の声が漏れる。

 探索者として、命を賭ける覚悟は決めてきているはずだった。

 しかしその覚悟も、死の直前となると揺らいでしまう。


「……死にたく、ない。お前を倒して、帰るんだ!」


 ドクン、と心臓が音を立てる。

 たった一瞬、合成獣の目には、目の前の弱々しい1人の人間が自分の命を脅かす存在に見えた。


「クロ! 時間稼ぎに徹しろ! 生き残るぞ!」


 バウ! と返事をして果敢に挑む。

 それから、僕自身は陣を描き始める。


 この陣は、【魔獣召喚サモン】の陣。

 この状況を切り抜けるためには、膨大な量の魔力が必要となるが、魔力のアテはある。

 そのため、急いで巨大な陣を描く。


「出来た……」


 ものの数分で陣が完成する。

 ちらりとクロの方へと目を向けると、合成獣に遊ばれているようだった。


「その自信を……ぶっ壊す!」


 バッグの中から、今まで集めたありったけの魔石を全部陣の中へと放り込む。

 そして、全ての魔石を

 魔石というのは、言うなれば魔力の塊。

 割れば、それだけその空間が魔力で満たされるのは当然のことと言えよう。


「がはっ!」


 明らかに容量キャパを超えた魔力の操作で血を吐く。

 体は悲鳴を上げているが、構わず魔力操作を続ける。


「はぁっ……はぁっ……来い……! 【魔獣召喚サモン】ッ!!」


 魔力が陣全体に馴染み、スキルが発動する――

 その瞬間、吐いた血が陣に溶け込み、先程まで青く光っていた陣が赤く煌めき始める。


 なにかがおかしい。

 そうは思うが、体も自由には動かせないし、この状況を止めることも出来ない。

 僕自身は、その場にバタリと倒れて、意識を、失ってしまった。


♢♢♢♢♢♢


 合成獣は、それまで必死に向かってくるクロを遊びながら相手していたが、自分を脅かしかねない魔力量を感じ、その方向を見る。


 そこには、1人の男が倒れているのが見えた。

 今が好機と捉えた合成獣は、男に向かって走り出す。


 けれど、足が重く感じることに気づく。

 クロが、合成獣の足へとしがみついていたのだった。


 死に物狂いで自身を妨害しようとしているのを見た合成獣は、軽くクロを切り裂いた。

 クロも、シロと同様に粒子へと変化していくのだった。


 だが、クロの稼いだほんの数秒が、主を助けることとなった。

 赤く煌めく陣に、1人の少女の姿が見える。

 長く伸びた白銀の髪。全てを見通されているかのような翠眼。

 そんな姿を前にして、合成獣は息をするのを忘れていた。


「……ほう、妾が召喚されるとはな。此度の召喚主は――貴様じゃな」


 辺りを見渡しながらそう言うと、倒れている男のもとへ近寄る。


「貴様の願い、妾が叶えてやろう。その代わり、対価を貰うぞ」


 そう高らかに宣言し、倒れている男の首筋にカプリと噛み付いた。


「やはり……美味である!! さて、妾は今とても気分がいい。一瞬で終わらせてやろうぞ。【血装顕現】」


 【血装顕現】。

 そう呟いた途端、少女の体のあちこちから血が噴き出す。

 その血は、薙刀の形をとった。


「やはり、いい。美しい……!」


 少女は、薙刀のビジュアルに見惚れているようだ。

 今しかない、そう思って逃げ出した合成獣。


「待て待て、妾も血を貰ったからにはそれだけの働きをせねばならぬのじゃ」


 しかし、一瞬で追いつかれて足を斬られてしまう。


「さて、もう終わりにしよう。『断血』」


 ザシュッ! っという音がした場所には、頭と胴の別れた合成獣が残されていた。


「用件も終わったことじゃし、妾も帰るとしよう。―――あれ?」


 少女は、幾度となく帰路を開く手段を試す。

 残念ながら、一向に開く気配がない。


「どうしてなのじゃあああああああああああああ!!!!」


♢♢♢♢♢♢


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