闇堕ち勇者の背信配信 ~追放され、隠しボス部屋に放り込まれた結果、ボスと探索者狩り配信を始める。しかし追放した奴らの様子がおかしい~

広路なゆる

01.追放と出会い

「随分と遠いところまで来たものだな」


 パーティの中心人物、剣聖の男性……セラがそんなことを言う。確かに学生のノリで作った四人パーティでA級パーティにまで成り上がった。


 遠くまできたものだ。


 それを聞いたクガは改まってどうしたのだろうと思う。これから、最後の戦いになってもおかしくない難関に挑むというのに。だが、それはその後の話の前置きであった。


「クガ……世話になった……お前とはここでお別れだ……」


「っ……!」


 流石に驚いた。


 いつかは来る話かもしれないと思ってはいたが、今だとは思っていなかった。クガは他のメンバーの顔を見る。一人は聖女のユリア、もう一人は付与術師のミカリだ。


二人とも俯いていた。つまるところすでに話はついているということだ。


「一応……理由を聞かせてくれないか」


「一言で言えば、器用貧乏……お前なら分かるだろ?」


 クガにはそれがよく理解できた。


「俺達にとってこれが最適解だと思う」


「……」


「だから、この先の隠し部屋にはお前一人で行け」


「えっ……?」


「俺からお前への最後のはなむけってやつだよ」


 クガは思う。要するに俺はここでダンジョン生活を終えろってことか。


「セラ……さ、流石にそれは止めた方がいいんじゃ……」


 付与術師のミカリは迷いの様相を見せる。しかし、剣聖セラの意志は固い。


「いいや、行かせる。無理やりにでもな……」


「ミカリ……構わない。セラ……そのはなむけ……ありがたく受け取ってやるよ」


 こうして、クガは独り、隠し部屋へと向かう。


 ◇


 地球に突如、ダンジョンが出現し、魔物や魔法、ジョブの存在が確認され、早五〇年。

 近年、一度きりではあるものの自動蘇生できる魔法〝リライブ〟が一般化したことで、ダンジョン探索、そしてダンジョン配信が急激に流行する。

 そんなダンジョンにおいて、〝戻らずの隠し部屋〟……いつしかそう呼称されていたその部屋からは、過去に誰一人、ダンジョンに戻れたものはいない。全員が一度きりの蘇生魔法リライブを消費し、ダンジョンから退いた。その元凶たる魔物は……。


「どうした? この私を相手にたった一人で……」


「……」


「あれか? ひょっとして追放というやつか?」


 背中まで伸びる美しい金の髪に、吸い込まれるような真紅の瞳。黒と紅のドレスのような佇まい。彫刻のような美しい身体だが、背中からあかい翼が生えている。しかし、美麗な顔にはあどけなさが残る。クガは過去に配信で見たことがあった。


 戻らずの隠し部屋の魔物ボス……美しき吸血鬼ヴァンパイアがクガに話しかけてきていた。クガは虚を衝かれるが、少し返答してみることにする。


「まぁ、有り体に言うとそうだな……」


「はは、そうか……! ん……? しかし、その割に……どうも冷静だな」


「いや……いつかはそうなるのではないかと考えていた。そういう意味では、ちょうどよかったのかもしれない」


「ふーん……そうなんだ。でもまぁ、私は君が来てくれて嬉しいよ」


「……?」


「なぜって……? そんなのは簡単……退屈だったからさ……!」


「っ……!」


 そう言うと、吸血鬼は紅く尖った石のような物体を撒き散らしてくる。

 それが戦闘開始の合図であった。


「ぬぐっ……」


 クガは背中に背負う大剣を抜き、盾のように使い、乱れ飛ぶ紅石を防ぐ。


「剣を粗末に使うのだな……」


「っ……!」


 背後から囁くような声が聞こえた。


「ほーん、これも防ぐか……」


 吸血鬼ヴァンパイアの翼が変形した触手は鞭のようにうねりながらも先端は刃のように鋭い。その触手による紅い斬撃を、クガは神がかった反応で辛うじて防ぐ。


 吸血鬼の特殊スキル、瞬間移動――。


 彼女が囁かなければ被弾していたかもしれない……、


 クガの額を汗が伝う。


 ならば、こちらから攻める……!


「っ……」


 クガはその大剣を勢いよく振り下ろす。吸血鬼は身体を開くように回避しながらも、それが想像よりも遥かに疾かったのか、目を見開く。クガはなおも連撃で畳みかける。


「っっ……」


 想定外の気迫に吸血鬼は一度、瞬間移動で、後方に下がり、間合いを取る。

が、しかし……。


「っ……!」


 下がった分の間合いは、身体能力のみで一瞬にして詰められる。


「くっ……」


 吸血鬼は思わず、巨大化させた右翼でその剣を受け止める。


 切断こそされぬものの翼は鈍器で叩かれたような損傷を負う。


「っ……」


 痛みを負ったのは吸血鬼だけでない。カウンターで反対側の翼を触手に変形させ、その刃がクガの左肩を貫いていた。だが……。


治癒ヒール


「っ……!?」


 クガはすぐにその傷を癒やしてみせる。


「治癒もこなすか……器用だな……」


 吸血鬼は触手の刃に付着したクガの血をペロリと舐めながら言う。


「……そうかもな」


 そう……それが原因だ。


 吸血鬼の言葉で、クガは先刻の出来事を思い出す。


『クガ……世話になった……お前とはここでお別れだ……』

『一応……理由を聞かせてくれないか』

『一言で言えば、器用貧乏……お前なら分かるだろ?』


 ジョブ:勇者……その名称に騙された。

 その名称は少し恥ずかしかった。しかし、パーティを守ることができるならと喜んだものだ。

 実際に剣撃、防御、攻撃魔法、補助魔法、さらに回復に到るまで……何でも高いレベルでこなすことができる万能型ジェネラリスト。総合力の高さは随一のものであった。

 しかしだ。一つとして極めることができない。

 いずれにおいても、それぞれを極めた特化型スペシャリストには及ばない。パーティ構築論が活発となったのはクガが勇者となった後であった。ダンジョンの結界の作用で、四人までと限られたパーティにおいて、それぞれの特化型で構成し、それぞれの長所を生かし、それぞれの短所を補完することが最善とされ、現在では、物理攻撃特化、魔法攻撃特化、回復特化、防衛or補助特化の四人構成が最もパフォーマンスを発揮できる〝結論パーティ〟となっていた。

 要するにパーティにおいて、器用貧乏……半端者。それが勇者というジョブであった。そして、致命的なことにクガの元いたパーティにおいて、


 物理攻撃特化……剣聖のセラ

 魔法攻撃特化……聖女のユリア

 補助特化……付与術師のミカリ

 回復特化……不在


 故に、勇者であるクガが回復役を務めるという異様な状況となっていた。しかし……吸血鬼との戦いの中で、クガは不思議な感情を抱いていた。

〝誰も死なせないように戦わなくていいことが、こんなに身軽だとは思わなかった〟


「ところで男よ……」


 そんなことを考えていると、吸血鬼が攻撃の手を止めて、問いかけてくる。


「ずっと気になっていたのだが……その浮いているモノはなんなのだ? 過去に来た者達の周りにも浮いていたのだ」


「ん……? あ、これか……?」


「そうだ」


「これは配信用ドローンだな」


「ハイシン……? 裏切り的なあれか?」


「いや、違う……」


 クガはお人好しなのか、吸血鬼に配信の説明をする。

 全世界に映像が流れていること。リスナーがリアルタイムに思い思いのコメントをできること。吸血鬼はその間、攻撃を止め、興味深げに耳を傾けていた。


「へー、ということは私と君との……この戦いが皆に観られているというわけか?」


「あぁ、それが俺の元パーティがプレゼントしてくれた最後の贐というわけだ」


「なにそれ……ちょっとぞくぞくしてきた……」


 吸血鬼は口角を上げる。


「ありがとう」


「ん……?」


「こんなに丁寧に教えてくれたのは君が初めてだ」


「……」


「ちなみに今はどんなコメントがされているのだ?」


「ん……? そうだな…………【吸血鬼さん、可愛い】」


「はぁっ!?」


 吸血鬼は動揺する。


「そんなコメントばかり!?」


「……そうだな、君の容姿に関するコメントはとても多い……」


「……! な、なんたる不遜な……人間とはそんな奴らばかりなのか?」


「不遜というか、コメントというのは大概、本音で語られるものだ」


「……本音」


 吸血鬼は僅かに赤面している。


「……」


 吸血鬼はしばらく沈黙した後、顔を上げ、言葉を発する。


「ねぇ、少し変なことを言ってもいいだろうか?」


「ん……?」


「私にハイシンを教えてくれないか?」


「……はい?」

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