メンヘラな犯人と、その上を行く被害者

鉄 百合 (くろがね ゆり)

第1話 攫われる

私、春香は普通の高校生。そろそろ受験を考えなきゃいけなくて、今日も一人、近所のカフェで学校のパンフレットとにらめっこしている。どうでもいいけど、今私が飲んでるコーヒーはマイナーな種類で、でもおいしいから私のお気に入り。


「すいません、相席いいですか?」


肩をとん、と叩かれ、振り返る。私に話しかけてきたのは、女子大生か新卒くらいのお姉さんだった。真っ黒なミニワンピがよく似合う、ちょっと艶やかなメイクの美人さん。店内を見ると、私が入店した時よりずっと混んでいて、もう空いているテーブルはゼロ。


「べ、別に大丈夫です。」


ちょっと面食らったけど、普通にオッケーした。女性だし、若いし、まあ大丈夫でしょ、と思って。テーブルに広げていたパンフレットをかき集めて、半分をちゃんと空ける。慌てていたせいか、いくつかのパンフレットを落としてしまった。


「はい。これどうぞ。空けてくれてありがとう。」


お姉さんが落としたやつを全部拾ってくれる。優しい人だな、こんだけ綺麗ならモテそう、なんてちょっと思う。そんな私の脳内思考にも気づかず、お姉さんは席についてコーヒーを置き、手に持っていたノートパソコンをテーブルに置いた。その時私は、ちょっとびっくりする。ここのカフェはコーヒーの種類でカップの色が変わる仕組みになっているんだけど、そのお姉さんが持ってたカップの色は、私と同じ真っ黒な奴。ちなみに、私以外で真っ黒のカップを持ってる人は見たことない。


「こんなマイナーな奴飲んでるの、私だけだと思ってた。」


「あら、そんなに珍しいの?美味しいのにね、これ。」


お姉さんに言われて、はっと気づく。いけない。私思ったこと言っちゃってた!焦ったのが顔に出たみたいで、お姉さんはくすくす笑う。


「別に気にしないわ。ねえ、珍しいもの飲んでるどうし、ちょっとお話しましょ。」


「え?あ、は、はい!」


よくわからん。でも確かに、このコーヒーの良さを分かってくれる人はなかなかいない。私はお姉さんのよくわからない誘いに乗ることにした。


数時間後。


「聞いてくださいよ、もう親が名門に行けってうるさくて。」


「あらら、それは大変ね。」


私はお姉さんとすっかり仲良くなっていた。お姉さんはすごく聞き上手で、いつの間にか悩んでることを全部ぶちまけてしまっていた。気づいてなかったけど、ちょっと最近ストレスが溜まっていたようだ。話すのに夢中で、私は外が暗くなっていることに気づかなかった。


「あら、春香ちゃん。もう外が結構暗いわ。あなたまだ学生でしょ?早く帰らないとお家の方心配するわよ。」


お姉さんがそう言ってくれる。でも、私は家に帰りたくなかった。なんか最近、親とも対立してしまって、家の居心地はあんまりよくない。


「普段ならもうちょっといるんで、まだ大丈夫ですよ。あ、お姉さんの方こそ大丈夫ですか?わたしばっかり話しちゃって、もうこんな時間…」


「大丈夫よ、近くに車止めてるから。私ももう少しお話したいし。」


良かった。胸を撫でおろす。そしてお姉さんと話している間に、私は寝落ちした。


「んんん…」


私は起きた。目を開いたつもりが、視界は真っ暗。あれ?おかしい。手が、足が、動かない。ナニコレ、テープ?みたいなので縛られてる!叫ぼうと、口を開こうとしたけど…


「んんんん!んん!んんんんん!」


口もテープみたいなので縛られていた。


(わ、私…連れ去られてる!?)


どっかの映画で聞いたようなセリフだが、今はそんなこと言ってられない。しかも、横たえられている床からエンジンの音がする。どうやら車の後部座席に、横倒しにされているみたいだった。


「あら?もう目を覚ましたの?意外とあの薬、効きが悪いのね。」


私の正面から、聞いたことのある声がした。うそでしょ、なんでこの人が…お姉さんが、変なこと言ってるの?


「私ね、一目見て決めたの。ああ、あなたにしようって。まあ、若い子なら誰だってよかったんだけどね。」


お姉さんはくすくす笑いながら言う。おかしい、なに言ってるの、この人。若い子なら誰だって、なんて。私にこれから何をするの?身代金なんて家じゃ出せない。私、殺されるの?どれだけ脳内で思ったところで、今の私は「ん」しか言えない。私は恐怖で脳みそが嫌な想像ばかりするのをこらえ、車でどこかへ連れ去られていった。



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