待っててね(BL)
けろけろ
第1話 待っててね
今日も僕のオフィスは忙しい。特に僕は学業と並行しているので尚更。僕は早朝にも関わらずその一角に陣取り、書類整理をしていた。
そこに同僚のトムがひょっこりと顔を出す。御貴族様のぼんぼんで朝に弱い彼が、こんな時間から現れるという事は──聞かなくても解る、遊んだ後の朝帰りというやつだ。
「やぁやぁダニー! おはようございます!」
トムはすこぶる機嫌がいい。とても判りやすいその様子に年下らしさを感じ、僕は思わず微笑んでしまった。
「昨日の夜は楽しかったみたいだね」
「おっ? バレた?」
「……そりゃそうでしょ?」
今現在も、でれでれとした締まりの無い顔をしているトム。僕が指摘したのに隠そうとしないのだから相当だ。
「で、どんな良い事があったわけ?」
「へへ、昨日の晩さぁ、念願の人と寝たんだ!」
「ああ、トムが言ってた美人さんか」
その彼女の話は知っている。瞳が宝石のようでしなやかな身体は猫みたいだとか、どこか高貴な美しさを放っておりプライドの高さに痺れる等々──さんざんトムから聞かされたので、すっかり覚えてしまった。まぁ、お目が高い彼には似合いの女の子だろう。
「もー、大変だったんだぞ、口説くの」
トムが大げさに肩を竦めている。その表情からは、かなりの苦労が窺えた。女たらしで引く手あまたの彼からすれば、とても珍しい事に違いない。
「トムがそこまで頑張らないと落とせなかったのか、すごいな」
「でも、その甲斐はあった! もう一生大事にする!」
「じゃあ、トムの女遊びが止まるの?」
「もはや他の人間は抱けないね、意味が無い!」
トムは幸せそうに瞼を閉じる。昨夜の出来事を思い出して、反芻しているらしい。この前、かなり可愛いと評判の令嬢を抱いた時とはえらい違いだ。あの朝帰りでは、とても詰まらなそうにしていたっけ。
僕は未だ瞼を閉じたままのトムを眺める。評判の令嬢より魅力的で、トムをこんな風にさせてしまう女の子とは、一体どんな人間なのだろうか。僕はトムのお相手に強い興味を持ってしまった。
「ねぇ良かったら今度紹介してよ、会ってみたいな」
「ああ、いいとも! フォード学園に居るんだ、いつでも紹介できる」
「僕が通ってる学園に? そんな女の子いたかな……?」
知っている限りの女子生徒を思い浮かべたが、いまいちピンと来ない。どう考えてもトムが社交界でお相手している女性の方が数段は上だ。
黙っている僕を見て、トムはニヤニヤする。
「ダニー、私は女の子だなんて一言も言ってないぞ?」
「うそ、相手は男?」
「まぁね。でも、その辺の女の子が足元にも及ばないくらい綺麗なんだ」
そこで酷く嫌な予感がした。僕は鳴っていない携帯を服の上から押さえ、立ち上がる。
「あ、トム、ごめん、ちょっと呼び出し」
「おいおい待てよ、惚気は聞けないってか?」
その通りだ、聞きたくない。なのに、聞かせたいトムの腕が伸びてきて肩を抱かれた。同時にふわりと漂う、少し懐かしい香り。
呆然とする僕に対し、トムは続けた。
「実は私の相手の事を、ダニーもよく知ってるんだよ。同じ部活だもんな。ただ、綺麗とはいえ男性だから、本決まりになるまでちょっと話し辛くて──」
崩れる。
ダニーの台詞をこのまま全て聞いたら、僕という形が崩れる。
だから、形を保つ為だけに言い放った。
「彼は僕のものだ。過去も、現在も、未来も」
「……なんだよ、それ」
眉間に皺を寄せているトムには何も答えない。
答えてやらない。
僕はその場を足早に去った。かつかつと踵を鳴らしてオフィスから離れ、タクシーの後部座席へ乗り込む。僕の不機嫌さに運転手が驚いていたけれど、それを気遣う余裕など無い。
運転手に行き先を告げると、すぐに景色が動き始めた。僕はそれを眺めながら、脳裏にこびりついてしまったトムの笑顔をぐちゃぐちゃに切り裂く。
「くそ……っ!」
ああ、なんという失策だろう。彼を抱いていいのは僕だけなのに、ちょっとした喧嘩が拗れて三か月も話していない。でも、彼は僕だけを愛していると思っていたから、油断し自由にさせすぎた。だから──すぐに行かなくては、彼のもとへ。
待っててね、エド。
待っててね(BL) けろけろ @suwakichi
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