エトセトラ

@koshi3x

1.黒

"姫華ちゃんは女の子なのに大きいねーバレー部とかだった?えー絶対運動部でしょー"

"城崎の声ってさどす黒くねww男かと思ったわ"

"名前めっちゃかわいいからどんなやつかと思ったら笑笑、想像裏切られたわ笑笑"

いつになってもこの陰口。正直慣れた。いや、慣れていないからこうやって大人になった今もコソコソと生活を送っているんだ。私、城崎姫華ほど名前負けしている人間はいないだろう。名前だけ見た人は勝手にお淑やかで華奢で清楚で可憐な見た目のイメージを膨らませる。だが実際に目の前にくるのは身長180後半、肩幅も男性にひけをとらないアスリート体型なのだ。大半の人間は出会った瞬間なんだよ想像と違うじゃんと言う顔をする。そして自己紹介した後はもっとひどい。それは声が男性のように野太いからだ。

小学校の時はまだよかった。力も男子には負けないくらいは備わっており揶揄われてもやり返せていたからだ。しかし中学からは本当に最悪であった。体格には恵まれていたが運動神経はなく誘われたバスケ部もすぐに辞めた。また皆思春期にさしかかる頃、当然私も他人に好意を覚えたのだった。

しかし思いを伝える前に呆気なく散った。

"城崎とかに告られたらどうする?笑"

"いや、無理やろ、見た目もなんかいかついし

声とか男やん。男に手は出さないだろさすがに笑"

" だよなww"

私の声や見た目では女としてすら扱われないらしい。声は耳障りでノイズのようだ。見た目は強そう、厳つい、でかい。行く先で常に言われるためだんだんと口数は減ったし、目立たないように静かに暮らすことを意識した。見た目だって声だって選びたくて選んだわけではない。何度アイドルみたいに小柄でかわいらしい姿に憧れてそして自分と比較して絶望に落とされたか。高校は商業専門校を選んだ。手に職があればコンプレックスも関係なしに自分にも出来ると思ったからだ。コツコツと積み上げ簿記関係やパソコンの資格を総ナメすることが出来た。就職は大手の事務員に就くことができた。大手だけあって見た目や声という偏見で人を評価することがなく安心した。

完全に社内向けの業務に就けたため社外からの電話に出ることは滅多になかった。黙々とパソコンと向き合い、ひたすらに計算機とキーボードを叩く毎日であった。同期らは私をやはりこれまでの人たちと同じような反応で扱ったし、私も特に反応せずにいた。研修やOJT期間で基本は全て習う。経理や社内向けの仕事のためイレギュラーがなく私の場合はすぐに自分の真っ当する仕事覚えることができた。課には20数名属しており、何個かのグループができていたが私はどれにも属せず単純作業を淡々と進めていった。会話に参加したい、コミュニティに参加したいそんな願望もあるが耳障りだとか、迷惑がられたりとか、会社にまでストレスを感じたくなかったので大人しく仕事だけをしていた。

そんな私は最近オンラインゲームに夢中だ。ここではアバターやキャラクターになりきりボイスチャットや通話、チャットなど様々な手段で見知らぬ人と会話、やりとりができる。もちろんこちらから身分を明かさぬ限り私が女であることも、年齢層も見た目も明るみにならない。故に例のギャップも発生しないのでストレスフリーなのだ。ほとんど毎日、休日も含めやっているので玄人と言って良いだろう。やり込んだゲームで私はよく新規参入者の、素材集めだったり難易度の高いミッションだったりを手伝ったりしている。大概新規の人とは声で会話はしないし向こうもしない人が多いのだが今回買ったばかりのヘッドホンマイクを試したいとのことで新規の人と会話しながらゲームをすることになった。

「もしもし〜あー聞こえます?あれ?Bluetooth繋がってるよなこれ」

男性なんだ、アイコンがかわいいハリネズミのキャラだったので勝手に女の子を想像していた。

「あっ聞こえてます、よろしくお願いします」

こちらも慌てて返事をする。

、、、数時間プレイし通話を終了した。終わり間際向こうからフレンド申請したいと申し出があった。正直フレンド申請の申し出も許可したこともあまりなかった。それはいつも違った人とやる方が気楽でよかったからだ。しかし

ゲームはすごい下手くそだったが一生懸命だったし、なんかかわいく思えた。なにより会話のリズムも合うし話を引き出してくれるしゲームより会話が楽しいと初めて思えたほどであった。申請許可してから数ヶ月何度かゲームをするうちにゲーム以外のことも話せるような仲になっていった。その辺りからか相手のことをもっと知りたくなって気になりだしていた。ここまで恋愛経験が乏しいため相手からのフレンド申請、いつもゲームをしてくれている、仲も着実に良くなっており何らかの好意があると勝手に思い込んでしまっていた。だが幸か不幸か相手はいつも同じテンションで私とのゲームを楽しんだくれる。そのため相手は私の事をどう思っているかは全くわからなかった。どんな人なんだろう。声からするに大人だよな。気になるなぁ。会ってみたい、会ってみたいけど会ったら2度とゲームしてくれないかもしれない。。。そんな葛藤が暫く続いた。

何度目かの繁忙期。仕事が押したため初めて昼休み時間の以外に、お昼休憩を取ることとなった。普段とは違う時間のため食堂に人もほとんどおらず活気もなかった。いつも行列ができるしガヤガヤしており人が多いため食堂に立ち寄ることがまずなかった。食堂のメニューも頼んだことがなく、いつもは自分の席か外のテラスで自作の弁当かコンビニで買った食事で昼を過ごすのが日課であった。滅多にないことなので弁当を持ってきたが食堂のメニューを食べることにした。ワクワクして食券を購入しようとお金を入れようとしたが機械には千円札しか入らないと記入があった。残念ながら今財布には一万円札しか入っておらずせっかくのチャンスを失ってしまったのだ。諦め弁当を取りに行こうとした時。後ろから何か聞き馴染みのある声が聞こえた。振り向くとそこには今まで顔を合わしたことのない人が立っていた。ダークグレーのスラックスに薄青い下品でないストライプのワイシャツに黄色のネクタイ。見た目だけで営業課の人だと判断した。それなら見慣れないのも納得がいく。

にっこりと優しく「大きいのしかなかったんですか?貸しますよ、今おばちゃんとかいないから両替もできなさそうだし」と話しかけてくれた。断ろうとする間もなく機械に千円入れてくれた。それよりも聞き覚えのある声。お礼を言おうと口を開こうとしたが"城崎の声ってさどす黒くねww男かと思ったわ"を思い出してしまった。固まっていると相手から「ごめんなさい迷惑でしたか?」と申し訳なさそうな聞き覚えのある声が続いて聞こえてきた。勇気を振り絞って

小声で「ありがとうございます、助かりました」と返答した。恐る恐る相手に目をやると目を丸くしていた。あーやはり、その反応か、この人も私の声になれていないから、、、と考えだしたとき思いもよらぬ返答が返ってきた。

「思い違いでしたらほんっとに申し訳ないんですけど、◯◯クエストやってたりします?」

えっ?なんで知ってんだろ?え、あっ!あっー!言葉より先に勝手に脳が反応した。

「もしかしてリン丸さん?ですか?」と私が恐る恐る問うと「あーやっぱり!いつも助けてもらってるリン丸です!えー!すごっこんな偶然あるんだ!まさか同じ会社だったなんて」と一盛り上がりしてそのまま一緒の席についた。ゲーム中に歳は知っていたためずっと敬語だった。向こうは最初から気軽によろしく!というスタンスであったので親しみやすかった。

「ど畜生のドケチ会社は言えないだろ〜笑笑」

「そっちもこの前外回り昼寝で終わったとか言ってなかったでしたっけ?」

「やめろやめろ、ほれ好きな飲み物奢るから許してくれ笑笑」と楽しい会話が弾む中不安と疑問がよぎった。そして聞いてしまった。「あっあの、丸山さんはそ、その私の声とか聞いても嫌じゃない?男の人だと思ったでしょゲームでも」

キョトンとした顔で「声?聞き心地いいよ別に?なんで?そんなん気にしてないよ!話してて楽しかったしさ,素敵だよその声」と言ってくれた。おそらく向こうは何気ない思った素直な感想だったんだろう。しかし私にとっては初めて言われた、言われたかった言葉だった。そして何より崩したくない関係の人に拒絶されず受け入れられたことがものすごく嬉しかった。

不安からの解放、安堵といろんな気持ちが込み上げてきて涙が溢れた。これまでの人生で我慢してきたことや恐怖、辛かったことをぽつりぽつりと丸山さんに話したのだった。

最初泣きじゃくる私に戸惑うも、真剣に話を受け止め、慰めてもくれた。それは同情とかそういうものではなく親身に寄り添った反応で間違いなかった。この事がきっかけに時間が合えば昼や夜ごはんに行ったり、遊んだりと正式な友達の関係となっていった。しかしこの幸せはだんだんと歯痒さに変わっていった。それは大好きだという感情が抑えられずにいる自分、もし彼に想いを伝えダメだった時を想像する自分。二つの葛藤から生まれてくる歯痒さだった。

そして彼はみんなに優しかったし、人気があった。だが誰よりも彼のプライベートに踏み込み誰よりも独占している自信はあったがいつかどこかへ行ってしまうのではないか、いつかどこかの女に取られてしまうのではないかと言う不安にいつもかられた。そしてついに私は前者の大好きな感情が有り余り、家に誘ったのであった。。泣きじゃくったときのカミングアウトよりも緊張した。緊張とは裏腹に彼は、二つ返事で「いいね、行くよ、楽しそうだ」と快諾してくれた。こういう深みのある切り返しがキュンとくる。だいすきすぎる。好き。すき。スキ。

彼は夕ご飯を食べる際も酒はほとんど飲まなかった。あまり強くないのだと言う。営業での飲みの席もあんまり得意じゃないがおつまみとか酒の肴が大好物で参加しているとのこと。

飲み会の参加理由が可愛くて萌えた。要所に出てくるかわいいところと男らしいところ、優しいところ全てが大好きである。

たまに飲む彼は乾杯の生ビールとサワー一杯ですごい眠たい目をする。初めて家に来た時は緊張しすぎて出前を食べて当たり障りのない会話をしながら一緒にゲームをして解散となってしまった。当然彼が使用した箸やグラス、タオル、布巾全て堪能し保管した。彼も忙しい身だがなんだかんだ時間を割いて私に会ってくれていた。酔ったフリの私からのスキンシップに彼は抵抗しているものの彼に覆い被さりなんだかんだイチャイチャできる。正直これは付き合ってると言い張っても良いくらい親密だし大事にされていると思う。恋の相談ができる友達や経験値もないが彼が愛されているという事で間違い無いだろう。定期的にお祝いだ、愚痴に付き合ってくれ、新作ゲームがでた、などとこじつけ家に招いては酒を飲ませて寝かせていた。その間も起きている時には出来ないこと、たくさんの寝顔撮影、ハグ。段々とエスカレートしていきキスや添い寝、辛そうに張る彼のモノを口でも手でも楽にしてあげた。そして最後は私の初めても捧げた。さすがにその時は酒に薬を盛りぐっすりと寝かせていた。ほぼ付き合っているのでなんの後ろめたさも感じていなかった。早く告白してくれないかな?私からは怖くて言えないの。私はいつでも良いよ?あいしてる。なんでもしてあげたい。貴方しかもういない。

いつまでも私なとって夢のような幸せの日々が繰り返されると思っていた。

とある日いつものように家にあげて、いつものように缶ビールを開けいつものように酒のアテを用意しいつものように乾杯をした。乾杯直後

「俺さ、彼女できそうなんだよね◯◯社の受付の子なんだけどさ。いきなし声かけられて何回か飯食べた後告白されたんだよね」と急な身の上話をされた。

ん?えっ、、、ぁぁぁ。え。

視界がぐあんぐあんした。持っていた缶ビールもも床に落としてし床にダラダラと溢れる。。彼は心配そうに声を掛けてくるがもはや私の耳には何も聞こえていなかった。どれくらい経ったかはわからないがようやく意識がはっきりしてきた。彼はその間もずっとそばに居てくれたが、もう遠くに行ってしまったように感じた。その後必死に取り繕ったが衝撃が頭から離れず、せっかく今日も来てくれたがこちらからお願いして途中で帰ってもらうことにした。彼はやはり優しく最後まで心配してくれていたが私は大丈夫と切り返し早々に追い返してしまった。全然大丈夫ではない。家に1人取り残されゆっくりと言われたことを思い返す。また、1人で辛い思いをするの?そんな思いも増幅してきた。思い出す度吐き気や眩暈を起きてしまい中々現実を受け入れられずにいた。翌る日私は初めて会社を休んだ。そして彼の昨日話していた会社の受付嬢を見に行った。なんだあいつ。全然かわいくないじゃんか。アイドルのような子であったらまだしもこんなの。こんなの。酷すぎる。また意識が遠のき放心状態で1時間くらいはそこから離れられなかった。

私の中で何かが壊れる音がした。

両想いのはずなのに、愛してくれてるはずなのに、なんで?なんで?なんで?なんで?どうして?なんで?おかしい。すき、あいしてる、だいすき、すき、すき、スキ、スき、すキ、オカシイヨネ。。

あっ!もしかしてヤキモチ妬いて欲しかったのかな?そんなドッキリ嬉しくないよ。全然嬉しくない。意味わかんないな。でもなんでも私貴方のこと受け入れるよ。貴方が私を受け入れてくれたように。。

いつも通り彼に連絡をとった。名目は前回愛想の無い別れ方をしたからそのお詫びということにした。彼は前回の心配をしてくれつついつも通り二つ返事で家に来てくれることとなった。きっと彼はいつも通りなんだろう。

私はいつも通りじゃない。

「とりあえず乾杯。。。そしておやすみ。

アイシテル、ずっと永遠に...」とぐったりする彼を横目にただのドス黒い声で囁いた。

彼をいつも通りの世界から消し去ることで私のいつも通りを彩ることにした。


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