十字路にて魔族に出会う

プロローグ

 男は地面に倒れていた。空はバカみたいに晴れ渡っており、風もこんなにも心地良いのに、男にはそれを感じる余裕なんかなかった。

 男の四肢に力はまるで入っていなかった。

 男はここで今野垂れ死にかけているのだ。

 男には何もなかった。

 仕事も家族も友人もなにひとつ無かった。男は何も持っていない人間だった。

 何も持たず、着の身着のまま方々を歩き、その日その日の生きる糧をなんとか工面し、今日までやってきた。そうやってこの数年を生活してきた。

 しかし、とうとう今日限界がやってきてこうしてこの爽やかな草原で倒れているのだった。

 男はうつ伏せで、もう人生が終わろうかというのに最後に空を見あげることさえ出来なかった。 

 視界に入る、手に届くものはなんの変哲もない石ころだけだった。

 髭も髪もボサボサの男は仕方なくその石ころをつかみ、力なく握りしめた。

 自分のこれまでに思いを馳せることさえなかった。

 もう、何もかもが遠い昔のことだった。

 何もかもが黒い黒い日々に塗りつぶされていた。

 もうなにも無かった。男には元々あったものは何もなくなっていた。

 毎日がただ始まりただ終わるだけだった。

 それが繰り返されて、ようやくこうして本当の終わりが来ようとしているだけだった。

 もう、これで全部終わりかと思ったら結構清々するものだった。

 いや、それは強がりだった。そう思い込みたいだけだった。本当はだんだんと迫ってくる死の足音に怯えていた。確かに間違いなくこのままでは死ぬだろう。

 全部終わるのだ。

 清々するのは間違いなく強がりだった。死ぬのは本当だった。でも、やはり、どこかでそれを違和感なく受け容れている自分が居るのも男は感じていた。

 清々することもない。死は怖い。しかし、やはりこうなるのかと諦めが心の奥にあった

 男はそれに従うことにした。

 どのみち結果は変わらないのだから。男はこれから死ぬのだから。クソみたいな日々が終わるのだから。

 風が吹き抜け、木々と草花が揺れる。暖かな日射しが十字路の真ん中に野垂れる男の頬を照らす。鼻に砂埃が入る。砂利が口をざらつかせる。

 もうそれだけだった。それだけ。それ以外がもうなくなってて、世界は随分単純だった。

 その時だった。

「なにやってんだお前」

 男の視界に、今までどうでも良い石ころしか映っていなかった視界に、唐突に別の者が映った。

 それは少女だった。真っ赤な髪の少女だった。

 少女はやけに派手な格好で、やけに肌が白くて、やけに歯が鋭くて、やけに瞳孔が細かった。

 男は思った。

「人間じゃない」

「ああ、そりゃそうだ。私は魔族なんだから」

 少女は言った。

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