第23話 被害者が可哀そうなら仲間に引き入れればいいじゃない
放課後。校門の柱に隠れていると、靴底がアスファルトを打つ甲高い音が近づいてきた。チラッと顔を出すと件の彼女。
目じりの尖った大きな目、潤いを感じるピンクの唇、たわわな胸、短いスカートから零れる肉付きのいい太もも。見れば見るほど男の性を掻き立てる魔性の女、朝久場さんだ。
彼女と二人きりで話がしたい。そのために待ち伏せをしていた。
ちなみに土志田さんは教室で「エクソシストの成り立ちについて知りたいので教えてください」という勉強家の生徒に講釈を垂らしていることだろう。邪魔は入らない。
二度深呼吸してから、通り過ぎる彼女に声をかけた。
「あの、朝久場さん」
「なに? ……ひぃ!」
振り返るや否や驚かれた。
……だから初対面の人に声をかけるのは苦手なんだよなあ。顔が怖いってホント不便。
まあ今はそんなことで気を病んでいる場合じゃないけど。
「話があるんだ。聞いてほしい」
「私に?」
自分を指さしてキョトンとする朝久場さん。
これはありがたい反応だと思った。普通の女子だと突然目の前にヤクザ顔負けの強面クンが現れたら悲鳴を上げて逃げるんだけど、朝久場さんはそこまでビビッていない。これならまともな話し合いが出来そう。
「二人きりになりたい。場所を移していいかな?」
「それは嬉しい話だけど」
「嬉しい?」
「いやなんでもない!」
首をぶんぶん振る朝久場さん。嬉しいってどういう意味だろう?
「じゃ、じゃあさ、駅前の喫茶店にでも行こっ。行きつけの場所だからさ!」
テンションがおかしい。慌てているような喜んでいるような。
微かな違和感を抱いたまま、小気味いい歩調でツインテールを揺らす彼女を追った。
現状の課題は喜律さんが正体を偽り続けることに罪悪感を覚えているということ。土志田さんと朝久場さんに迷惑を掛けてしまうくらいなら正体を明かしてしまおう。そんな結論を出すのはそう遠くない未来だろう。
精神的負担を減らす必要がある。
そこで、俺は朝久場さんにすべてを打ち明けることにした。
土志田さんがエクソシストで、喜律さんがサキュバスで、俺がサキュバスの餌で、そして朝久場さんがサキュバスだと勘違いされていると。
そして話の終わりに頼み込む。
「サキュバスを演じてくれないか?」
「ウチが!?」
驚きの声は店内に響き渡った。朝久場さんは慌てて口を押さえる。
平日で客が少ない喫茶店。ピアノジャズの軽やかなBGMが心地いい店内にて、ラウンドテーブルを挟んで説得を続ける。
「信じられないっていう気持ちもわかるし、失礼な頼みごとをしているのもわかってる。プライベートをのぞき見したことも申し訳なく思っている。でも、こうするしかないんだ」
名付けて『迷惑が掛かっているのなら、いっそ仲間に取り込めばいいじゃない作戦』。
朝久場さんにサキュバスという濡れ衣を着せられた被害者ではなく、俺たちの恋愛に協力してくれる味方になってもらうんだ。そうすれば喜律さんの罪悪感は半減するはず。
『喜律ちゃんってサキュバスなんでしょ? だいじょーぶ。アタシがその役引き受けるからさ、あんたたちは幸せにやりなよ』
このセリフを引き出したい。
「頼む! 俺たちのために協力してくれ!」
テーブルに額をぶつける勢いで頭を下げる。
わかっている。自己都合のために他人を利用する下衆な発想だと。
でも、この作戦は罪悪感を減らすだけじゃなくて、エクソシスト土志田さんの注意を引くという効果もあるんだ。あからさまなサキュバスが見つかったらサキュバス判定機の俺はもう必要なくなる。必然的に俺への意識が薄れる。それはつまり喜律さんとのデートが容易になるということ。
一石二鳥なんだよ。
喜律さんと結ばれる未来がぐっと近づくんだ。
だったら俺は鬼にでも悪魔にでもなってやる。
「引き受けてくれるんだったら何でもする。だから、頼む」
「……」
沈黙。
少し顔を上げる。
彼女は両手で顔を覆っていた。表情は伺えない。
……ダメか?
そうだよな。いきなりファンターじみた話を聞かされて、淫魔の嫌疑をかけられているけどあえてそのまま演じ切ってほしいと言われても、大半の人間はピンとこない。笑い飛ばすか迷惑だと切り捨てるか。
「いいよ」
軽い声だった。
「え?」
「引き受ける。サキュバス役、やるよ」
淡々とした声だったけど、指の隙間から覗く切れ長の目は笑っていた。その目はラフレシアよりも妖艶で、嬉しい回答のはずなのに背筋が凍るような悪寒に襲われた。
まるで本物のサキュバスのような。
しかし両手を顔から離した彼女は、ギャルらしいパッチリお目目の爛漫な笑顔に戻った。
「へへ。こんな感じでエロっぽくすればいいんでしょ?」
「お、おう」
からかわれたのか。まあ一夜で三人を相手にする魔性の女だし、これくらいの演技はできるよな。
なんにせよ協力してくれるのはありがたい。もう足を向けて寝られないな。
「で、サキュバスになるってことは、アタシも成仁ちゃんと付き合うってことだよね」
「はい?」
「だってそうでしょ? チコチーは……あ、チコチーってのは土志田っちのことね。チコチーはアンタの彼女をサキュバスだと思っている。で、私はサキュバス。だったら付き合ってないと筋合わなくない?」
「たしかに……」
理論派ギャル見参。
「ハイ決定。ナリピー彼氏決定」
無邪気に笑う朝久場さんは小悪魔チックでとてもかわいかった。
こんな子に彼氏宣告されて喜ばない男性はこの世に存在しないだろう。たぶん数日前の俺だったらもろ手を挙げて喜んでいた。
「でも俺には最愛の彼女が」
「わかってるって。アタシは二番手。セフレでいいよ」
とんでもないこと言い放つなこのヤリマン。
「じゃあ私たちが付き合ってるところをチコチーに見せつけといたほうがいいよね。ということで……」
カバンから派手なピンクの手帳を取り出す。
「今週末は開いてる?」
「おう……」
「じゃあ日曜。さっそくデートね。時間は……十時でいいか。春は布団から出られないし。
じゃ、駅前集合ということで」
とんとん拍子で決まったセフレデート。
今年のおみくじどうだったっけ? 恋愛運良し? それとも女難?
いずれにせよ朝久場さんがサキュバス役を快諾してくれてよかった。これなら喜律さんの気持ちも落ち着くだろうし。
ホッとした面持ちのまま週末までの時間を過ごした。
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