俺の彼女(仮)は真面目で誠実で優しくて、そしてサキュバスです

中田原ミリーチョ

プロローグ


 人生で初めてのデートというのは甘美で刺激的で、まるで雲の上に寝そべっているような夢見心地を味わえる。

 彼女の隣を歩きながら、俺はそう実感した。


 放課後。まだ明るい春空の住宅街。無機質なアスファルト、代わり映えのない家並み、遠くから聞こえるカラスの鳴き声。

 面白味なんて一ミリもない普段通りの下校道を彼女と一緒に歩く。これが俺にとって初めてのデートだった。

 地味? 刺激が足りない? せっかくの初デートなんだしもっと派手なほうがいい?


 そうは思わない。


 場所なんてどうでもいいと思う。気合を入れたディナーデートも、入念に準備した遊園地デートも、突発的な放課後デートもすべては副菜。

 肝心なのは隣で笑顔を浮かべる恋人。彼女さえいれば、どんな場所でも内容でも、生涯忘れられない刺激的な思い出になる。


「手を握りませんか? せっかくお付き合っているわけですし」


 そう言って小さな手を差し出す彼女。

 俺は手汗をズボンで拭ってから手を重ねた。


 女の子の手ってこんなに柔らかいんだ。恋愛小説特有のくさい表現だと思っていたけど、もう馬鹿にしないと心に誓う。


 絡み合う指の一本一本から彼女の体温が伝わってくる。自然と距離が近くなり、時折肩が触れ合う。顔を横に向けると甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。


 至福の時間。

 たとえこれからの人生でどんなことが起こったとしても、目の前の幸せが色あせることはないだろう。そう確信した。


 交差点を直進しようとしたところで彼女が歩みを止めた。


「私の家はこちら側なので」


 手が解かれる。今日はここでお別れのようだ。

 幸福の余韻と虚無感で俺の精神はぐちゃぐちゃになる。


「それじゃあまた明日」


 笑顔とも泣きそうな顔ともとれる顔で別れを告げた。


 すると彼女は応えず、代わりにしおらしい表情を浮かべた。

 いつも明るく元気な彼女にしては珍しい顔。


 少し間があって、彼女は控えめに口を開いた。


「……あの、ひとつだけ、どうしても成仁なりひとさんに伝えなければならないことがあります。大変伝えづらいことなのですが……」

「遠慮せず何でも言ってくれ。俺の体臭がキツイとかでもいいぞ。明日から消臭剤を脇に挟んでおくからさ」


 笑いながらジョークを言ってみたけど彼女の表情は変わらない。


「そうではなく、私のほうの問題でして……」


 また間が空く。

 俺は黙って待つことにした。


 十秒ほど過ぎたとき、彼女は自身を説得するように強くうなずいてから、真剣な眼差しを俺に向け、


「聞いてください成仁さん。実は私……私……」


 次のように言った。



「実は私、サキュバスなんです」



 吹き飛んだ。甘美なデートも、掌に残った温もりも、何もかも。

 今日はこれで失礼します。そう言って駆け出した彼女の背中を、俺は茫然と眺めることしかできなかった。


 初デートの思い出はサキュバスしか残りませんでした、まる。

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