人形の王

沖ノキリ

第0話 終末速度

 天秤はすでに傾いていた。


 世界は終末速度で

 二度目の滅びへと向かいつつある。

 

 雨。


 かつて、この大陸へ永遠に続くかと思えるほどの止まぬ雨が降った。


 大地は水底みなぞこへと沈み全ては泥にうずもれた。

 天穹てんきゅうと大地の分界ぶんかいは泥雨に塗りつぶされ異界へとがれる。


 そのきわよりまがつ種は落ちてきた。


 あふれる哀しみに世界がまぶたを伏せていたとき、一粒きりの孤独な種子は泥濘でいねいに休むと静かに根を張った。


 芽吹きし若木わかぎは泥中の記憶と死せる生命をかてに、やがて天をく大樹のごとき姿をあらわす。

 

 やがて、およそ自然のものとは思えぬ金属の光沢と毛筋ほども傷つけられぬ信じがたい硬度から、それは《金属樹エウレ・ファ》と呼ばれる存在となった。

 



 世界はあまねく照らす存在を失い、

 傷つきゆがんだ。


 消えた奇跡を巡り人は争い続け、世界へと根付きしなるものは、模倣もほうと反応を繰り返しながら大地を侵食していく。

 

 世界は再び、終焉しゅうえんへと向かいつつあった。



 

 ✣✣­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–✣✣ 



 

 さて、物語は大洪水ののち数百年を経て、かの《金属樹エウレ・ファ》根幹部より奇妙な物体が発見されたことにたんはっする。


 物体を発見した探索隊は、直ちに国元へと吉報を伝え、聖遺物せいいぶつ看做みなした物体を本国へ持ち帰ろうと試みた。

 しかし、金属樹から彼らの母国までは遠く、また樹の周りは魔獣蔓延はびこ深淵しんえんなる森。帰還の道程は艱難辛苦かんなんしんくを極めた。


 さらには突如現れた野性の竜が、隊へ襲いかかる。強大な竜の力に聖遺物は大きく破壊され、大方が失われてしまう。結局、生き残った隊員が母国に持ち帰ることが出来たのは、聖遺物のわずかな欠片かけらだけであった。

 不可思議なことに献上された欠片は、真珠の如き虹の光沢を持つ美しき球体へと変化したと伝えられる。



 

 のちに、この奇跡の宝珠、《真珠》が禁断の夢を叶えることとなる。

 人体錬成――人の手で造り出されし人を超える存在自動人形オートマタの誕生。


 人形たちの持つ圧倒的な力はいくさの勝敗、国の行末ゆくすえまでをも変えた。を握らんとするものたちは、散逸した宝珠を探し求め奪い合い、おびただしい量の血が流された。


 《真珠》は如何いかなる理由からか少女以外の姿をまとおうとせず、可憐な乙女の姿をした自動人形オートマタたちは、ただ命ぜられるままに戦い、そしてたおれていった。

 

 かくして、悪魔の芸術品と称される自動人形オートマタが世に生まれ出でてのち。




 ――四百年が経過した。

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