第4話──いいな。羨ましい。
ある日、トワが彼氏と別れたって言って、私とトワはやけ酒(ファミレスのドリンクバー)で愚痴会を開いた。確か一年生の終わりくらいだった。
「今回は何か月?」
「一か月と十二日。喧嘩多くなって嫌になって別れた。好きになれるかなって思ったけど無理。キモイ。執拗にキス迫ってくるし部屋連れ込もうとしているの見え見えだし。全部断ってやったけど。そしたらフラれた」
私は歯ぎしりを堪えた。
「何人目?」
「13人目……」
トワはしょっちゅう恋人を入れ替えている。とっかえひっかえできるだけの顔もスタイルも持っている。人懐っこくてパーソナルスペースが狭いからよくモテる。でも、すぐに別れている。
長くても三か月で、短いと三日で分かれている。今回はまあまあ持った方だ。
こんなことを繰り返しているから、男女問わずに顰蹙を買っている。彼氏も彼女もみんなトワに奪われるからって。でも、トワは一方的に告白されて振られる側で、一度も自分から別れを告げたことは無い。
みんな勝手にトワに幻想を抱いて、勝手に幻滅しているのだ。トワに非があっても、非難されるのはちょっと違う気がする。
私は一番トワの近くにいながら、未だに告白はしていない。このぬるま湯な友達の関係が心地よくて抜け出せないのだ。
「聞いてなかったけど、トワはなんでそんなにしょっちゅう恋人作ってるの?」
「うーん。強いて言うなら王子様探し?」
ロマンチックだ。トワにそんな趣味があったなんて。
「セツナだから言うけど、私、136歳まで生きられるんだ」
突然の告白に私は硬直した。耳を疑うレベルの超高齢。世界最高齢なんじゃないだろうか。
今まで色々と反対だった私たちの、おそらく一番正反対なところを見つけてしまった。
「すっごい長生きだね」羨ましいというのも違くて、アホみたいな感想しか出てこなかった。
「そう、すっごい長生き。今の日本の平均寿命が九十歳くらいじゃん。だから、死ぬ時は絶対一人。それってすごい寂しいと思わない?」
「確かに寂しいね」
「私ね、自分のこと結構寂しがり屋だと思ってるの。あ、別になんか事情があるわけじゃないよ。ただなんとなく、一人でいるの嫌だなーって。寂しいなーって。あのシーンとした感じに耐えられないんだ」
「……それで、恋人をとっかえひっかえ」
「人聞きが悪い!」
トワはメロンソーダを飲み干した。
「それで王子様っていうのは?」
「こういう事言うとドン引きされそうだからあんまり言いたくないんだけど……」
「うん」
「梨山峠の作品で、第七王女と異国の王子のお話あるじゃん?」
「あったね」
「あの王子、最期は王女様のために全部捧げて一緒に死んだじゃない。それがさ……すっごい羨ましいなって。もはや愛じゃん」
「憧れているんだ」
「……うん。死ぬまで一緒って、私には到底無理だから」
その時のトワは赤面して気恥ずかしそうに私から目を逸らした。空になったグラスを見つめて、カラカラと氷を掻き回していた。
136年生きられるなんて羨ましい。私の十倍も生きられて何をそんなに贅沢を望むのだろう。いくらでも選択が出来て、無限に近い選択肢がある時点で恵まれている。
嫉妬心が泥になって粘り気が出た。心の奥の方に沈殿をしていく。
「いつか見つかるといいね、王子様」
皮肉混じりの言葉。我ながら嫌な奴だ。でも、トワはテーブルの上の私の手にトワの手を重ねた。
「そんなに急ぐことも無いんじゃない? 高校生でそこまで考えている人なんていないよ。それに、トワは長生きなんだし、きっと良い人が見つかる」
「だと良いなぁ」
憐れむ奴らと自分が重なって嫌になった。
「そういえばセツナって何歳まで生きられるの?」
17歳。トワの8分の1。
「……80歳くらいかな」
「どう? あと50年くらい伸ばす気ない?」
「…………ないよ」
喉の奥から嫌な気持ちが込み上げてきてしまった。トワに悪気はない。嘘を吐いた私も悪い。でも、このままでは絶対泣く。泣くところを見られたくはない。私はトイレに行って顔を洗った。
トワの話を聞いて、余計に私はトワに気持ちを伝えられなくなった。親友のままの方がいいのだと。
私は絶対、トワの望んでいる王子様になれない。
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