【短編】シリウスが笑う夜

ばやし せいず

1.シリウス

――シリウスから「どうして」と尋ねられたことは一度も無い。


 彼女は次の年が豊作になるのか不作になるのかを、容易たやすく言い当てたることができた。流行病はやりやまいに効く薬草が生える場所の目星もつけることもできた。

 人間が一つの星の上で暮らしていること。人間が住まうこの星は、太陽の周りをえんえんとまわっていること。それらを教会がひた隠しにしていることも教えてくれた。


 彼女は何でも知っていた。

 誰かに「どうして」と尋ねる必要は無かったのだ。


*


 ミラの掲げたランタンの灯が、すたれた礼拝堂の中を照らす。そうすると、闇に紛れて身を潜めていたシリウスの姿も露わになった。

 枝のような両腕を使って、彼女はゆっくりとい寄ってくる。膝より下は腕よりもさらに細く、変色してひしゃげていた。体躯たいくはあと数年で成人男性として扱われるミラの半分くらい。

 一見すると子どものようだが、肌は干からび、老婆のようにしわだらけ。身長よりも長く伸びた黒い髪は乾き、指を絡めて引っ張ればブチブチと音を立てて切れてしまいそうだ。

 ミラは彼女の前でひざをつくと、飲み水の入った革袋やパンや芋を鞄から取り出した。


「ありがとう、お兄様」


 彼女は美しい声で礼を言い、口の両端をぎこちなく引き上げた。微笑んだのだ。

 そして飢えた野犬のように、与えられた食料をむさぼった。

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