種も仕掛けもありません
こばなし
第1話 花咲か娘
夕暮れ色に染まる公園で、一人の少年がブランコでうなだれている。
待てど暮らせど来る気配の無い母親を待ちながら。
視界には地面が映り、それはゆらりゆらりとわずかに揺れ続けていた。
「ふふふ。こんにちは」
その視界に一つの影が。
女性の声に顔を上げるも、待ちわびた人物では無かった。
「君、暇そうだね。お姉さんの魔法、見てくれる?」
小首をかしげながら問うてくる女性。
黒いベストに蝶ネクタイ。シルクハットの影と逆光で表情はよく見えない。
彼女の問いに少年はこくりと頷く。退屈と孤独でぽっかりと空いた心の穴を、埋められる何かが欲しかったのだ。
少年の反応を見て、女性は「よしきた!」と舌なめずりをした。
「種も仕掛けもありません」
二つの掌をひらひらと見せつける。そこには何もない。
「だけど私は花咲か娘。お花を咲かせることができるの」
そう言うと両手をグーにして少年の前に突き出した。
「この中にユリかバラ、どちらかのお花があります。君はどっちが好きかな?」
少年はユリ、と答える。幼いながらも二者択一であるとなんとなく理解した。
女性の右手の五つの指がつぼみのようにゆっくり開いていき、掌の上に真っ白なユリの花が咲いた。
少年はユリの花、というよりもそれが花開いていく光景に目を奪われた。されど、こんなのは魔法でも何でもない。もう片方の手にはバラの花があるはずでは。
「バラの花も見たい?」
シルクハットの影の中に、いたずらな笑みが浮かぶ。
少年はその笑みを崩したいと思った。
「僕が好きなのはユリの花だよ」
待ちぼうけのストレスからか、思った以上に強い口調になった。
語気を弱めてもう一度言う。
「もっと、ユリの花が見たい」
少年が言うと、わかった、とだけ女性は言って、左手の握りこぶしをゆっくりと開き始める。
「えっ」
先ほどと同じように真っ白なユリが花開いた。
満足気に女性は微笑む。
「はい、プレゼント」
両の手の平から白ユリを差し出される。
少年は唖然としつつも両手でそれを受け取った。
「じゃあ、またね」
魔法使いはひらひらと手を振って、少年の前から去って行く。
彼女の蝶ネクタイに描かれたひまわりだけが少年の脳裏に強く残った。
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