懺悔

おじさん(物書きの)

などと供述しており

「最近妻が冷たくて、その、浮気をしてしまったんです——」

 男は小さな声で話し始めた。懺悔室ではこちらから話を促すことはしないし、相槌も打たないので、時たま長い沈黙がある。

「——私としては、もちろんこれからも妻と——」

 まあ、よくある話だ。男の話が終わると、わたしは助言を書いた紙を男との間にある仕切り板の隙間に挿し入れた。


 その男は翌日も現れた。

「先日の神父様のアドバイスで妻との仲も少しよくなったようです。それから——」

 男の声は先日とは打って変わって明るくなっていた。わたしの助言は大したことではない。要はお互いの気の持ちようで、きっかけを与えてやれば、こじれた結び目も自然と解きほぐれるものだ。


「神父様……」

 またあの男のようだ。先日の明るい声が信じられないほど陰鬱な声をしている。

「先日の浮気が妻にばれてしまいまして、ええ、元々私が悪いんです、それでも——」

 どうやら妻と関係がよくなった後も、浮気相手と逢い引きを続けてしまったようだ。そしてそれが発覚して、また妻との仲が悪くなったと。なんとも救いがたい話だが、男は十分に反省しているようだ。

 わたしは悩んだ末に助言を書き上げ、仕切り板の隙間に挿し入れた。


 男は数日して現れた。

「やりました、神父様の言うとおりに。ええ、妻とも和解できましたし、すべてうまくいってます。もちろん——」

 熟考して助言したかいあって、うまくいったようだ。


「神父さん、今よろしいですか。ああどうも、こういうもんです。実は近所で殺人事件がありましてねえ。ええ、痛ましいもんです。ところでこの男に見覚えがありませんかね。ご存じない。何度かこちらで懺悔をしていたそうなんですがねえ。ああ顔は見えない仕組みで。どうもこういうところには縁がないものでしてね。それでこの男、神の啓示がどうのと自供していましてねえ。まったく困ったもんでして。そこでもう少し詳しい話を署の方でお伺いできないかと。ええ、筆談で結構ですので」

 わたしの言うとおりにしていれば、紙はすべて灰になっているはずだ。大丈夫だ、わたしには神のご加護があるのだから。

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懺悔 おじさん(物書きの) @odisan_k_k

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