7/21 果実と遊歩道

(BLです)




彼はリンゴをいっぱいに詰め込んだ袋を二つ、両手で持っていた。

近道だからと彼に言われ、男は公園の遊歩道を一緒に歩いていた。

ホクホク顔で歩く彼に、男がやっと声をかけたのは、そんな時だった。

「そ、それ持とうか?」

「え?」

「リンゴ。重いだろ」

「これくらい平気……って言いたいけど、半分持って」

彼はそう言って一つを渡してくる。

男は袋を受け取るが、声をかけるタイミングが遅かったことを後悔した。

思っていたより重いのだ。

彼はいつも何かの果実をいっぱい買って帰る。

なのに、今まで声を掛けられずにいたことを後悔した。

「ごめん」

「なにが?」

彼が不思議そうに男をふり返る。

「オレ、気が利かなくて」

「え? あ、荷物のこと?」

「ああ」

「そんなの気にしなくていいって。僕が頼んだわけじゃないんだし」

彼はいつでも男にやさしい。

男とは違って、柔らかい雰囲気と、ホッとするような笑顔の持ち主で、そしてとても家庭的だ。

甘いものが好きな彼は、デザートを自分で作る。

「コレ、何すんの?」

男が尋ねると、彼は嬉しそうに答える。

「アップルパイにしようかな。残ったら、サラダに入れてもいいし」

ポテトサラダも作ろうか?と楽しそうに尋ねてくる。

「オレ、ぜんぶ好きだよ」

「食いしん坊だもんな」

彼はからかうように言うけど、しかたない。

だって彼の作る料理は、どれも美味しい。

彼と一緒に暮らしてから知ったことだ。

今では彼の手料理がこの世でいちばんうまいと思っている。

「楽しみにしてる」

男が言うと、彼がにっこりと笑う。

「任せて」

自信満々の顔が可愛くて、自然と頬が緩む。

彼の楽し気な様子に、男も幸せな気持ちになった。





ゲリラ豪雨とパライソ




彼はどうやら、雨に弱いらしい。

高校の時から、雨の日は「片頭痛がする」といって具合が悪そうで、いつも心配していたけど、それは今も変わらないみたいだ。

俺の膝に頭をのせて横になっている彼は、突然のゲリラ豪雨に見舞われたらしい。

二人で住むアパートの部屋に戻ってきたときは、全身がびっしょり濡れていた。

床が濡れてしまったが、そんなことより彼の体調が心配で、頭をそっと撫でる。

「大丈夫か?」

「ん……」

頷くものの、顔色が悪い。

頬に手をあてると、かなり冷たい。

「タオル持ってくるから」

俺がそう言うと、彼は俺の手を握って、弱弱しく言う。

「行かないで」

「どこにもいかないって。すぐ戻るから」

「ここにいて」

俺の手を握りかえす。

けど、その力も弱くて、俺が握っていないと離れてしまいそうだ。

「お前が心配なんだ」

何とか彼をなだめようとするが、彼はわずかに首を振る。

うっすらと目を開けて、俺を見つめて、力なく微笑む。

「いいんだ。側にいてくれたら、大丈夫だから」

「でも、顔が真っ青だ」

「……じゃあ、キスして」

彼がじっと俺を見つめる。

キスなんかじゃ何にもならないのに。

そうと分かっていても、俺は彼にキスをした。

彼が求めてくれるなら、何だってあげる。

俺自身のすべてを捧げて、彼が生きていてくれるなら。

「んっ」

何度もキスをするうちに、彼の唇に色が戻る。

ようやく安心して、頬をなでた。

「大丈夫か?」

「うん」

彼は眼差しを和らげて、頷いた。

症状も楽になったらしい。

早く、いつもの笑顔を見せてほしい。

二人で暮らすこの部屋が、楽園のように感じられるのは、彼が笑顔でいてくれるからだ。

俺を愛してくれて、俺の愛を受けとめてくれるから。

具合の悪い彼を見ると、それは永遠に続かないものだと思い知る。

そして、より彼を大切にしようと心の中で誓うのだ。

「お風呂入れてくるから、一緒に入ろ」

「えっち」

「あのな。心配してるだけだから」

下心を隠して、真面目ぶって答える。

「ふーん」

彼はウソなんて簡単に見抜くのに。

俺を見つめて「いいよ」と微笑んだ。




(終)


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