7/7 水槽とキッチン


(BLです)





 キッチンで料理をしている彼に向かって、男は緊張しながら近づいた。

「ん? もう少しで出来るから、待ってて」

 彼はそう言いながらも、手を止めない。

 この部屋には二人で住んでいる。

 料理は彼の担当だ。

 男はリビングのソファーに座って、その様子を眺めるのが日課だった。

 しかし男は、恋人である彼に、話があった。

 いつその話を切り出すか、タイミングを待っていたのだが、そろそろ限界がきている。

「あ、あのさ」

「うん?」

 男の様子が変だと思ったのか、彼が手を止める。

「なに?」

「……あそこにある水槽って、移動できる?」

「え? あの熱帯魚のやつ?」

「そう」

 男の視線の先には、リビングの壁にドンと置かれた水槽だ。

 彼が飼っている熱帯魚がゆらゆらと泳いでいる。

 世話はもちろん彼がしていて、男はインテリアだと思って過ごしていた。

 だが事情が変わったのだ。

「なんで? ここにおいてもいって言ったじゃん」

 彼がとげのある声で言った。

 可愛い彼の顔が険しくなって、男はうろたえた。

「いや、あのときはそうだったんだけど!」

「じゃあ、今はダメってこと? なんで?」

 追求する彼の声に、男はしどろもどろになる。

「あの、実はさっ……あれがあると、困るかもって……」

「なんで困るの?」

 彼は包丁をおいて、エプロンで手を拭くと、男に向き直った。

 男は弱った顔で彼を見下ろす。

 彼の怒った顔を見て、男は目を泳がせた。

 はっきりしない態度に彼はイラつく。

「理由を言え」

「あの、だから……」

 彼が凄むと同時に、場違いな声がした。

 みゃぉ~ん。

 男の部屋から顔をのぞかせたのは、子猫だった。

 縞模様の茶色い子猫は、どうみても野良猫だ。

「わー! おとなしくしてろって言っただろ!」

 男があわてて子猫に駆け寄ると、抱き上げて後ろに隠した。

 隠したところで、彼にはバレバレだ。

「……なにそれ」

「マンションの近くで拾ったんだ! か、可哀想だろ? こんなちっさいのに」

「野良猫だよね」

「そうだけど! 捨てられてたんだよ? こんなに可愛いのに!」

「うちのマンション、ペット禁止じゃ……」

「今年から規約変わったって!」

 男の必死な様子に、彼は深いため息をついた。

「お前って、ホント……」

「だめ? 猫、かわいいよ?」

「オレの熱帯魚が食われたらどうするんだよ」

「だから、お前の部屋に移して、こいつは絶対入れないようにするから!」

 男はそう言うと、彼の前に跪いた。

 両手で子猫を握りしめ、彼を見上げる。

「おねがいします!」

 男は子猫をずいっと彼に差し出すようにして、頭を下げる。

 みゃー。

 子猫も、なぜか彼を見上げて可愛らしく鳴く。

 彼の許可がなければ、ここで生きていけないと分かっているようだ。

 彼は不機嫌な顔で男を見下ろす。

 返事の代わりに、男の頭を叩いた。

「このバカ!」

「すみませんっ!」

「お前がちゃんと面倒みろよ!」

「っ!! 分かった!!」

 パッと顔をあげた男が満面の笑顔を見せる。

「ありがとな!」

「水槽動かすの、手伝えよ」

「おう!」

「その子のメシ代も、お前が出すんだぞ」

「おう!」

 何を言っても男は笑顔で頷く。

 動物好きなのは知っていたし、男の決心が固いのも分かった。

 彼が絶対にダメだと言えば、泣く泣く諦めることも。

 だけど彼は、そうはしなかった。

 男が笑ってくれてる方が、ずっと嬉しいから。

 彼はリビングにある水槽を眺めながら、しょうがないと諦めることにした。





(終)



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