お題でSS
氷魚(ひお)
7/1 紙吹雪と舞踏会
広いダンスホールには、きらびやかなドレスで着飾った若い令嬢と、燕尾服の若者たちが楽し気にダンスを踊っている。
一流の演奏家による生演奏の中、ダンスの得意なその令嬢は、注目の的だった。
相手をしているのは、この国の王子で、令嬢の婚約者。
まるで蝶が舞うような可憐さに、いつまでも目で追いたくなる。
令嬢は、両親を亡くし、没落した貴族の娘だった。
あるとき、王子に見初められ、それから令嬢の人生は変わった。
「まるでシンデレラね」
「なんて羨ましい」
「あの美貌で王子様を虜にしたのね」
ひそひそと、そんな声が聞こえくる。
彼女は、令嬢と王子が躍る様を、ずっと眺めていた。
その表情はかたく、まるで二人を睨んでいるかのようだ。
彼女の心はざわついていた。
お似合いの二人は、いつかこの国を背負って立つ、王と王妃になる。
そのとき、彼女は何をしているだろうか。
自問しても、答えは出ない。
「踊らないんですか?」
ふいに、声を掛けられる。
振り向くと、タキシードを着た若い男が立っていた。
壁の花になっている彼女を、可哀想だと思ったのだろうか。
赤いカクテルの入ったグラスを両手に持っていて、一つを彼女に差し出した。
「はい」
「いらないわ」
「どうぞ」
断っても、押しつけてくる。
彼女は仕方なく受け取り、一気に飲み干した。
「おお、豪快ですね」
男が目を丸くして、からかうように言った。
それは、アルコール度数の高いカクテルだった。
喉を焼くような熱さを感じたが、表情には出さない。
「返してて」
空になったグラスを男に押しつけ、彼女は歩き出す。
「あ、ちょっと。帰るんですか?」
男が慌てて声をかけてくるが、無視した。
人の間を縫うようにして、ひっそりとダンスホールを抜け出す。
その時、背後でワッと歓声が上がった。
彼女の足元にも、白いものがひらひらと追いかけてくる。
紙吹雪だった。
クライマックスの演出だろう。
令嬢と王子を褒めたたえる声が、拍手が、耳障りだ。
彼女は早足に、誰にも見られないように、館を出た。
屋敷に戻って、一人きりになると、彼女は泣いた。
幸せそうな令嬢の顔を思い出して、胸が引き裂かれそうになる。
「うぅ……あの野郎、絶対許さないんだからッ!」
彼女は、珍しくも、先ほどのカクテルで酔っていた。
いつもなら耐えられる激情を堪えきれず、柱を拳で殴りつける。
逆恨みだと分かっていても、許せない。
「あぁぁッ! 私の大事な姪っ子!! 泣かせたら、絶対呪い殺してやるッ!」
彼女は――魔女は、最愛の身内を奪った王子に、呪いの言葉を吐いた。
(終)
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