落とし物

おじさん(物書きの)

今なら半額

 あなたの夢を叶えます。そんな宣伝文句に釣られて買ったのがこの玉だ。野球のボールくらいの大きさで半透明、一部が透明になっていて、そこから中が覗ける仕組みになっている。問題はその中身だが、なんというか、夢が詰まっている。いや、本当に。

 広告だけならこんな怪しい物を買うわけがないのだが、購入した知り合いが一人残らず夢が叶ったと言うのだから、試しに一つ買ってみたいと思うのは当然だろう。

 説明書には玉を両手で持ち、自分の夢を想像するだけとある。そして夢が叶うまで肌身離さず持ち歩くこと。


 玉を持ち歩いて一週間ほど経っただろうか、夢が叶う気配は微塵も感じられない。まあ通販で買ったものだ、所詮こんなものだろう。

 コツンと足先に何かが当たり、足元を見ると玉が転がっていく。しまった、いつ落としたのだろう。それよりも壊れてないだろうな。

 急いで拾って確認してみたが傷一つない。中を見てみると漫画を書いている男が見えた。という事はこれは俺のではない。顔を上げるとふらふらと歩く男を見つけた。この男だ。

「君、落とし物だぞ」

「……もう、いいんです……」

「その茶封筒、原稿だよね?」

「え? そう……ですけど」

「少し見せてもらえないかな。ああこういうものだが」

「カクヨム出版!?」

 その男をファミレスに誘い、原稿を見た。

「確かにこれじゃあだめだな」

「やっぱり……」

「君これ独学だろう? どうだろう、うちの作家のアシスタントやってみないか?」

「ホントですか! やります、やらせてください!」


 あの男の夢は確かに叶いそうだ。ということはやはりこれは本物なのか——あれ、俺の玉がない。確かポケットに……。

「あの、これ落としましたけど」

 声に振り向くと俺好みの女が玉を持って立っていて、あろうことか勝手に中を覗き込んだ。

「あ、これ……」

 すると女は急に顔を赤らめる。だが、恥ずかしいのはこっちだ。

「早く返してもらいたいんだが……」

「あの、私じゃだめですか!?」

 何の話だ? 訝しんでいると、女は鞄から玉を取りだして俺に突きつける。中を覗き込んでみると、俺と同じ夢がそこにあった。


 そして俺たちの夢が叶う日がやってきた。

 これは思っていた以上に暑い。

 それにしても着ぐるみを着て結婚式をあげたいなんて、変わった女もいたものだ。

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落とし物 おじさん(物書きの) @odisan_k_k

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