⑩ 当たりますように
あげたつもりだった服が返ってきた。
もちろん、下着以外、だ。
うちの下宿屋の世話人、風子さんのところにやってきた、元上司? 元彼? が、今日届けに来たらしい。先日、ちょっとしたハプニングで、風子さんとその人は、田んぼにハマって泥だらけになった。たまたまそれを目撃したオレは、彼に着替えを提供したのだ。(下着は新品、Tシャツとジャージは着古したものだ)返さなくていいと言ってあったけれど、ちゃんと洗濯して届けてくれたらしい。
お礼として一緒に添えられていた、ねぎみそせんべいはかなり美味しかった。
夕食前だけど、風呂上がりに居間でくつろいでいるみんな(自分を含め)に1枚ずつ配ると、残りはわずか3枚になって、オレは、正直、ちょっぴり後悔した。
ネギの風味もしっかり生きているし、味噌味も程よい甘辛さで。なんなら、バレンタインデーとかでチョコもらうより、嬉しいかもと一瞬思ったほどだ。
この間から浮かない顔をしていたヒロヤが、少し元気回復したと思ったのに、その先輩? とかが来たせいで、再び、浮かない顔になっている。
せんべいをかじりながら、「うまっ」とひとこと言ったけど、そこからあとは、じ~っと何やら考え込んでいる。
理由は、わかっている。(オレたちは浮かない顔のヒロヤの思考を読んだ)
風子さんが、その先輩に、会社に戻ってこないかと誘われたからだ。
もちろん、彼女は、そんなことはひと言も言わない。
いつも通りの笑顔で、大量のコロッケを揚げている。コロッケには、人参やブロッコリー、コーン、マッシュルームなどの野菜やキノコが埋め込まれているという。ベーコンやチーズ入りのもある。
野菜嫌いのヒロヤに、どうか野菜入りのがいっぱい当たりますように、と彼女が心の中で呪文を唱えているのがわかって、オレはちょっと笑ってしまった。当然、ヒロヤはシブい顔をしていたけど、みんな軽くクスクス笑っていた。
風子さんが、コロッケの盛られた大皿をテーブルに置いて言った。
「あのね。どれに何が入っているかはわからへんけど、人参のはね、ちょっと抜き型使って可愛くしてるから」
「え? ほんま?」
タクトが目をキラキラさせている。彼は、可愛いというワードに弱いのだ。
「どんなんがあるん?」
「え~とね。お花の形と、☆と、チョウチョと……♡型」
「おお!」
みんながどよめく。
「ハートのは何コあるん?」
「1コ」
「1コ!」
「それ当たったら、何かご褒美ある?」
最年少のユウトがワクワク顔で言う。彼は、そういう遊びが好きだ。
「そうやねぇ。メニュー決定の優先権1回分」
「おっしゃ!」
誰よりも先にトモヤが気合いを入れた声で応じ、
「よっしゃあ」「お~し」「よっしゃ~」「よ~し、当てるぞ~」「お~」
みんなの嬉しそうな声が重なる。
ヒロヤは、口だけ動かして、声を出したフリをしている。
……そんなに人参、嫌いか? と思ったら、そうじゃなかった。
彼は、誰より真剣に、風子さんの作った♡入りコロッケが当たりますようにと、必死で念じていた。
(可愛い……)
あなたがいる。SIDE B 原田楓香 @harada_f
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