⑨ それでいい……?

 

「何かあった?」

 彼女は僕にそう言って、「最近、元気ないかな……って気がして」と続けた。

 いつものように、夜、片付けの終わった彼女を僕らの下宿屋から、彼女の自宅に送っていくときのことだ。


 彼女が気づいているとは思わなかった。

 僕は、精一杯、元気を装って過ごしてきたのに。同じ船の仲間たちには、どんなに振る舞っても、バレバレだけど、彼女にだけは気づかれまいとがんばっていたのに。

 心配事でもあるのか? そう訊かれて困った。あるけど、なんとかなると思うと、お茶を濁した。

 すると、彼女は、ますます心配そうな顔になった。

 そして、

「私じゃ、何も大して力にならへんかもしれへんけど、もし、できることあったら、……いつでも、言うてな」

 一生懸命、そう言ってくれた。


(いや。……それ言われへんから)

 心配してくれる彼女に、原因は、君や。……なんて言えるはずもなく。

 時々、君を訪ねてくる、あの先輩の存在が気になって。あの先輩が来た日は、いつも以上に笑顔が増える君が気になってる。なんて言えるわけもなく。

 バカみたいに、気になって焦ったりハラハラしてるなんて。到底、言えるわけもなく。

 

 だから、僕は、やっとの思いで笑って、「ありがとう」と言って、帰ろうとした。

 そしたら――――

「そんな無理して笑わんでええよ」

 彼女が、僕をぎゅうっと抱きしめたのだ。

 

(え? え? え?)

 不意打ちのように抱きしめられて、僕もびっくりしたけど。

 彼女も、どうやら自分の行動に自分でびっくりしている。そのすきに、僕は、彼女の腕を抜け出して、「ありがとう」とだけ言って、背を向け、いそいで帰ってきた。

 

 心臓がバクバク音を立てている。

 耳が熱い。頬も熱い。……全身が、熱い。

 たぶん、顔も真っ赤になっている。


 リビングに入ると、6人が揃っていて、じ~っと僕を見ている。

「な、なによ?」

 焦って言った僕に、タクトが

「もう。抱きしめ返せばよかったのに」とじれったそうに言い、

「ほんまや。チャンスやったのに」

 ユウトも言った。

「むり!」 

 僕は言い返して、自分の部屋に戻った。


 無理や。

 自分でも、よくわからなくて、ぐちゃぐちゃな心のままで、彼女を抱きしめるなんて。


 僕は、ただもう一度会いたくて、ここ地球に来た。

 会うだけでよかった。遠い昔、幼い日に出会った彼女に、もう一度。

 だから、それ以上のことなんて、何も。

――――望んでいない。……はずだった。


 彼女が、幸せでいてくれたら、それでいい、そう思っていた。いや、思っている?

 あの人が、彼女を幸せにしてくれるのなら……それもいい。

 僕は、いつか、ここを離れてしまうのだから。


 だから。会えるだけでいい。

 それでいい。

 彼女が、昔、僕と出会っていたことを覚えていなくても。僕が覚えていれば、それでいい。

(本当に?……)

 

 想いは、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。



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