第25話 純白のドレスと彼と彼女
フィッティングルームのカーテンが開く。純白のドレスに身を包んだシルクは気恥ずかしそうに姿を現した。
「どうかしら」
「わあ! 素敵です……!」
「ふむ。まるで妖精のようですね」
ポプリは感動のあまり目を潤ませ、マリーは腕を組み彼氏面で頷いている。シルクは照れながらも嬉しそうに笑った。
「二人とも大袈裟よ」
商会を出た後、シルクはとあるブティックを訪れていた。注文していたウェディングドレスが完成したとの報せを受け、その試着に来たのだ。
シルクは姿見の前に立つと軽くポーズを取った。
白い衣装に肌の白さと髪色も相まって、全体的に色が薄い。元々現実離れした美貌の持ち主ではあったが、今日は一段と儚く清廉な雰囲気を醸し出している。
「よっ……よぐおにあいでず……」
ポプリは早くも泣き出してしまった。そして泣きすぎて脱水症状を起こし、スタッフに介抱されていた。
そんなポプリを横目に、マリーは扉へと向かう。
「公爵様を呼んできますね。向こうで心待ちにしてると思いますよ」
「お願いね、マリー」
しばらくするとマリーはレイヴンを連れて戻ってきた。
「あっ、公爵様」
「――――」
扉をくぐってすぐ、レイヴンが息を呑むのがわかった。まばたきも忘れて立ち尽くしている。
シルクは銀髪を耳にかけると小首を傾げ、柔らかく微笑んだ。シルクの必殺三連コンボ、決まった……!
「似合ってますか?」
「…………いいと思います」
あまりに短すぎる感想に、シルクはすっと表情を消した。
(……それだけ?)
こんなに綺麗な花嫁が目の前にいて、言うことが「いいと思う」だなんて絶対におかしい。
「いいってどんなふうにですか?」
「それは……」
レイヴンは言葉に詰まる。シルクはドレスの裾を持ち上げて一歩近づいた。
「よく見てください。どこがいいんですか?」
「えっと……」
白い頬に
レイヴンの狼狽える姿が珍しくて、ムッとしていたシルクもだんだん楽しくなってきた。シルクはここぞとばかりに『奥義・あざとい困り顔』を披露した。
「もしかして似合ってないですか?だから何も言ってくれないんですね」
「いや、その……」
レイヴンはどんどん赤くなっていく。
しばらく視線を彷徨わせていたが、シルクは答えるまで納得してくれそうにない。レイヴンは観念したように目を合わせると、呟く。
「綺麗です」
シルクは顔を綻ばせた。
(イチャイチャしちゃって……)
遅れて入ってきたテディも、マリーもポプリもスタッフも、その場にいた全員が生暖かい視線を向けていた。
レイヴンはこの空気を払拭しようと咳払いする。
「ところでリベラ伯爵令嬢……」
「その呼び方長くないですか?」
「え?」
「リベラ伯爵令嬢、って」
「まあ……」
レイヴンの返答を聞いてシルクは内心ほくそ笑む。これはまたレイヴンを揶揄うチャンスだ。シルクはにっこりと笑った。
「シルクでいいですよ。呼び方。名前で呼んでください」
しかしその反応は予想とは違っていた。レイヴンは表情を変えずになるほど、と頷く。
「わかりました。シルク」
(そこは照れないの!?)
想定外のカウンター攻撃に、今度はシルクの頬がみるみる朱に染まる。しかしそれだけでは終わらず、レイヴンは生真面目な顔をして胸に手を当てた。
「それなら私のこともレイヴンと呼んでください」
「いや、それはちょっと」
「何故ですか?」
「心の準備が」
「何を準備するんですか?」
「すみません公爵様」
「公爵様ではなくレイヴンです」
今度はレイヴンがじりじりと距離を詰めてくる。攻守交替だ。シルクは目を逸らすだけで精一杯だった。
レイヴンは顔を近づけるとそっと囁く。
「……シルク?」
「ひいっ」
先程まで微笑ましそうな顔をしていたマリーが急にスン……と真顔になった。
「甘すぎて胸焼けしてきました」
これにはテディも「たしかに……」と同調した。
散々小っ恥ずかしいやり取りを終えた所で一行は店を出た。夕陽に照らされ、二人は見つめ合う。
「次に会うのは式の前日ですね」
「ええ。楽しみにしています」
「……」
傍に馬車を待たせているのにレイヴンはなかなか乗り込もうとしない。
不思議に思っていると、レイヴンは少し迷って――シルクの手を取り、手の甲にキスを落とした。
「!?」
「それではまた」
レイヴンは振り返ることなく馬車に乗り込み、馬車はあっという間に走り去る。
取り残されたシルクは膝から崩れ落ちた。
「好きすぎる……むり……」
「お嬢様! お気を確かにぃ!」
夕暮れの街に、マリーとポプリの声が響き渡った。
***
カタン、カタン、と車輪が石畳を跳ねる音がする。
向かいに座る主人は相も変わらず無表情。それでも今日は少し上機嫌に見えて、テディはチャームポイントの八重歯が見えるくらいにっこりと笑った。
「随分ご令嬢と仲良くなられたようで、喜ばしい限りです」
テディの言葉に、それまで平然としていたレイヴンは気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「……さっきの、変じゃなかったか」
さっきの、というのは別れ際の挨拶のことだろう。
「自然でしたよ」
「そうか……」
そんな些細なことを気にする主人が新鮮で微笑ましい。
「公爵様、あんなこともできたんですね」
レイヴンはしばらく黙っていたが、やがてばつが悪そうな顔で「……ヴァージルにやれと言われて」と白状した。
(……なるほど)
乙女の憧れの的、ベネット侯爵の入れ知恵だというなら納得がいく。なんとも頼もしいアドバイザーだ。
窓の外を眺めるレイヴンの頬が赤く染まっているのは夕日のせいだけではないだろう。
(頑張ったんですね……)
主人の奮闘にほろりと涙が出そうになる。
いつからか目の下のクマも薄くなり、日中の居眠りも減ってきた。これも全部彼女のおかげだろう。
(シルク様がいらっしゃれば公爵家は安泰ですね……!)
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