第11話 娘の正体と招待

「今日は何の話をしようかしら……」


シルクは机に向き合い頭を悩ませていた。議題はもちろん、配信で話す内容についてだ。

マリー関連のエピソードが濃すぎるせいで最近はマリーの話ばかりしている気がする。

マリーを『ヒマワリさん』という仮名で呼びフェイクも交えて話してはいるものの、彼女の話題に頼りきりなのはよくない。


新たなネタ探しに向かうべきか……。そんなことを考えているとヒマワリさん――もといマリーが、軽快なノック音とともに姿を現した。


「お嬢様に招待状が届いてます」

「招待状?」

「王宮からみたいですよ」

「何で!?」


送り先を間違っているのではないか。

震えながら何度も確認したが、どう見てもそれはシルク宛てだった。しかも要件は王宮でのティーパーティーへのお誘い。

これまで招待状などただの一度も来たことがないのにどうして。断った方がいいのか。ていうか断れるの、これ。


そんなことをうだうだ考えるうちに間に数日が経ち――、気が付けば当日を迎えていた。


***


空は青く、雲ひとつない。

花々が咲き誇る庭園の一角では、花のように愛らしい少女達がテーブルを囲んでお喋りに興じている。


そんな楽園のような場所で、銀髪の少女はどんよりした表情を浮かべていた。白のフリルドレスに身を包み、可愛らしいヘッドドレスもアクセサリーも身につけた。けれどいくら着飾っても気持ちは上がらない。


(気まず……)


シルクは死んだ目で華やかに着飾った同年代の令嬢達を眺めた。

彼女らの小さな唇が語るのは最近のジュエリーの流行や、新しくできたブティックやデザイナーについてだ。知らない言語みたいに話が右から左に通り抜けていく。ただでさえ初対面だというのに、まるで割り込む隙がない。

シルクはがくり、と項垂うなだれた。


(かえりたい……)


どうせなら周囲の花でも眺めていようか。そう思って顔を上げたとき、数人がチラチラとこちらを気にしているのに気が付いた。


……それもそうか。ひきこもりの伯爵令嬢が突然こんな席にお呼ばれしたのだから、気になって当然だろう。むしろ自分が一番理由を知りたいくらいなのだから。


(絶対浮いてるわよね、私……)


そのとき、向かいの席の令嬢が口を開いた。


「あの、みなさま。晶響器ってご存知?」

「!」


耳馴染みのある単語にシルクは顔を向ける。

声の主は赤褐色の髪を二つに結った、小さくて愛らしい令嬢だった。彼女は晶響器を取り出してテーブルに置いた。


「確か、ニュースをやっているんでしょう?」

「音楽なら聞いたことありますけれど」


周囲の反応を確認してから、赤褐色の髪の令嬢は恥ずかしそうに口を開く。


「それでわたくし、最近キヌカチャンネルというものを聴いておりまして……」

「!?」


シルクは瞠目した。まさかこんな所でリスナーと遭遇するとは。シルクはハラハラしながら事の成り行きを見守った。

彼女は勇気を出して切り出したのだろうが、周囲の反応は冷ややかなものだった。


「何ですの、それ」

「聞いたこともありませんわ」

「そもそも、その晶響器って平民も聴くのでしょう?そんなものを聴いたら令嬢の品位に関わるのではなくて?」


(ボロクソ言われとる!)


シルクは人知れず冷や汗を流した。お嬢様方の間ではそういう認識なのか。


「……」


手厳しい言葉を向けられ、赤褐色の髪の令嬢はすっかり口を閉ざしてしまった。晶響器を静かに引っ込めようとする。

しゅんとしたその顔を目にした瞬間、シルクは勢いよく立ち上がっていた。


「私、知ってます!」

「……え」

「私もキヌカチャンネル大好きなんですッ!!」


シルクの剣幕に周囲は圧倒されたようだった。だが一度喋りだしたら止まらない。


「キヌカチャンネルは謎の少女キヌカが運営する個人チャンネルです。セールスポイントはなんと言ってもそのトークスキル! 軽妙な話しぶりと豊富な語彙力で何気ない日常の出来事を明るく語ります。配信の時間帯は昼と夜との一日計二回。作業のお供にするのもおすすめですよ!」


シルクは息継ぎせずに早口で言い切った。


「ですよね? ね?」


ぜえぜえと肩で息をしながら振り向くと、赤褐色の髪の令嬢はきょとんとしていた。

……熱くなりすぎたのかもしれない。

焦りを覚え始めた頃、彼女は頬を赤らめ「わかります?」と微笑んだ。


澄んだ薄緑の瞳だ。今日、初めて誰かと目を合わせたような気がする。それまでの緊張が少しだけ緩み、シルクもにこりと微笑み返した。


「リベラ伯爵令嬢って面白い方ですのね」

「そ、そうですか?」

「ええ。とても」


おっとりとしていて、守ってあげたくなるような雰囲気のある令嬢だ。なんと呼ぶべきか迷っていると彼女が先に口を開いた。


「申し遅れましたわ。わたくしはユリア・イネス。イネス子爵家の者ですわ。どうぞユリアとお呼びください」

「わかりました、ユリアちゃん! 私はシルク・リベラです。私のことも名前で呼んでください」

「わかりましたわ。シルク様」


その後二人は飽きるまでキヌカチャンネルのプレゼンを続け、その場にいた全員を半ば強制的にチャンネル登録させることに成功した。


「それで、最近力を入れてるコンテンツは――」

「楽しそうね」


誰かの一声で、水を打ったようにその場が静まり返る。


(……ん?)


皆一様に緊張の面持ちでシルクを――否、シルクの背後を見た。


「何の話をしていたのかしら」


一瞬でその場を支配してしまうような力のある声。どこかで聞いた事があるような……。そんなことを考えるうちに全員が慌てたように立ち上がった。


「王女様!」


(『王女様』……?)


遅れて、シルクも背後を振り返る。

刹那、一陣の風が吹いてシルクの長い銀髪を攫った。風になびく髪の向こう側で、凛としたがこちらを見下ろしている。


「!」


緩く波打つ緋色の髪、紫の瞳。あでやかな雰囲気に気品溢れる佇まい。華美なドレスを着こなすこの女性は、先日の――……


「人気者のようね、リベラ伯爵令嬢」

「へ……」


シルクの呆けた顔をとっくりと眺めると、彼女は満足げな顔で背後を通り過ぎた。


「皆さん席に着いて。私も一緒におしゃべりしたいわ」


彼女は流れるように椅子に座り、ティーカップを傾けた。その仕草一つ一つに気品が滲み出している。

つい見惚れていると紫色の瞳と目が合い、彼女の赤い唇が弧を描く。その鮮やかな笑みを見るうちにシルクは思い出した。


――ノゼネハト王国第二王女、ルナ・ノゼネハト。気高さと豪胆さを兼ね備えた、咲き誇る大輪の花のような女性。


……そして、次の国王となる人物だ。



各々が会話を楽しみ、和やかなムードのままティーパーティーはお開きとなる。最後にシルクとルナだけがその場に残された。


「……王女様だったんですね」

「驚いた?」

「それはもう」


悪戯に成功した子供のようにルナは笑う。

確かルナは今年で十八歳だったはず。やけに大人びて見えるが、こういう表情は親しみを感じさせる。


「それよりどうして私だとわかったんですか? あんな格好してたのに」

「それはただの観察よ。私、人を見る目には自信があるの」

「へえ……?」


そういうものなのか。どうも腑に落ちないが、彼女の自信に満ちた声には人を頷かせる力があった。


「私はこれから授業があるから案内はできないけれど、せっかくだから庭園を見ていくといいわ」

「ありがとうございます」

「またね、シルク」


呼ばれたことにも気が付かないくらいさらりと名前で呼ばれている。次の瞬間にはもう、ルナはひらりと手を振って歩き出していた。


「かっこいい人……」


あれが国王となる人間か。オーラが違う。

揺れる緋色の髪を満足いくまで見送ってから、シルクも別な方向へと歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る