瓶詰めの返報
彩羅木蒼
海岸
真夏の強い日差しが容赦なく照りつけていた。
その強い日差しは、日焼け止めのバリアを施した私の肌を脅かす。
しかし、この暑さはどうにかならないものか。今日の気温は30度を優に超えている。雪国産まれの私にとってこの暑さはまるでサウナ。就職と共に引っ越して来た当初に比べると随分とましにはなったが、この体が慣れる日は来るのだろうか。
この灼熱の陽気の中、海岸で身を屈めながらゴミ拾いをしていると、頭の上から陽気な声が降って来た。
「いやー
ああ、またこの人か、めんどくさ。心の中でそう思いながら、私は顔を上げ、その声の主に向き合った。
そこには健康的に日焼けした褐色の肌に、白い歯を見せて陽気に笑う中年の男性が立っていた。この人はこの海岸清掃のボランティアを主催している団体の人だ。名前は憶えていない。
「私、この海が好きなんです。こうやって好きな海から少しでもゴミが減って、綺麗になっていくのを見るのがとても気持ちが良いからこうやって参加しているだけですよ」
私はそう答えた。張り付いた笑みを浮かべながら。思ってもない事を。
するとその男性は感心したような笑顔を浮かべた。
「そうかいそうかい、嬉しいねぇ。あ、今日は暑いから無理せず頑張ってね。頼りにしてるよ」
そういって男性は満足そうに元いた作業場所に戻っていった。
私は海は好きだが、本心では別にこの海が綺麗になる事に喜びはさほど感じない。この海がいくら汚れて行こうと私の知ったことではないと思っている。
では、なぜそんな私が海岸清掃のボランティアに熱心に取り組んでいるのかというと、この時間だけが私を社会と溶け込ませてくれるから。この社会から絶対に受け入れられる事は無い一面を持つ私を。
日光の元、汗を流して地域の人と共に”善い行い”とされるボランティアという行為をするこの時間。この時間だけが私の過去の行いを覆い隠してくれる。この時間だけが私を社会的な人間にしてくれる。だから私はボランティアを続けているのだ。このボランティアをしていなければ今頃私はどうなっていただろう。考えるだけでも恐ろしかった。
しばらく黙々とゴミ拾いを続けていた私の視界の隅に、ふと青い物が映った。とても綺麗な青だ。何だろうと思った私は、その青に視線を向けた。
それは透き通る様な青色をした1つのボトルだった。そのボトルは底面を下にして、半分程が土に埋まっていた。もう半分は地表に出ており、先端にはちゃんと茶色のコルクがはまっている。
あまりに綺麗な色に思わず見入ってしまう。一瞬、持って帰ろうかという考えが頭を過った。しかし、どんな経緯でここまで流れ着いて来たのか分からない物を家に持って帰るのは少し気が引けた。惜しいとは思いながらも、結局私はそのまま他のゴミと一緒に捨てる事にした。
私は手に持っていたトングを使い、砂浜に埋まっているボトルを引き抜いた。そのままゴミ袋の中に入れようとしたその時、まるでトングから逃げ出す様にスッとボトルが滑り落ちた。
そのまま砂浜に向かってボトルは落ちて行く。だが、下は砂地だから割れる様な事は無いはず。また拾えば良い。そう思ったのだが、砂地に着いた途端、ボトルは粉々に割れた。
「……え?」
砂浜に落ちただけで粉々に割れるボトル? どこからか漂流して来る中で相当脆くなっていたのだろうか? 見た目に反し、随分と頼りないボトルに私は少し驚く。
すると、割れたボトルの中から1枚の紙が出てきた。どうやら字が書いてあるようだ。
「ああ、これボトルメールか。へぇ、初めて見た」
こんな事実際にする人いるんだ。そう思いながら、その紙を手に取る。なんだか見ない方が良い気がしたが、沸き上がる好奇心を押さえる事が出来ず、その内容を読んだ。そこにはこう書いてあった。
〈久し振りね。覚えているかしら? ねえ、今度あなたの家に行ってもいい? 返事を頂戴。待っているわね〉
「ええ……」
これはチャットかメールで送った方が良いだろう……。純粋にそう思ってしまった。
私自身全く興味はないが、ボトルメールはこう、もっと詩的でロマンチックな内容なのかと思っていた。だがこれでは普通の約束事だ。多分この人の所に返事が返って来る頃には“あなた”はもう引っ越しているのではないだろうか。今直ぐこの人にはメールかチャットの使用を勧めたい。
「ん……? なんだかこの筆跡……」
いや、そんなはずは無い。
私はその紙をそのままゴミ袋に入れ、ゴミ拾いを再開させた。
「あ、暑い……」
翌日、私はまた昨日と同じ海岸にトングとゴミ袋を手に立っていた。
ジリジリと日光で肌が焼かれる。昨日も焼かれていたが、今日の方が明らかに威力が強い。
今日は日曜日。あまりに暑いから行かなくても良いかなと思ったが、結局たいしてやることも無い私は、自然とこの海岸に来ていた。
何よりひとりで家にいては、反社会的な私の一面に飲み込まれてしまいそうだった。
「みなさん! 今日は非常に気温が高いので、こまめな水分補給を忘れずに行ってください」
水分補給を呼び掛けるスタッフの声を聞きながら、私は黙々とゴミ拾いを続けた。
30分程経った頃だろうか。ずっしりとしたゴミ袋の重みを感じ始めた時、視界の隅にまた青色の物体を見つけた。『なんだか昨日も同じものを見た気がするな』と思いながら、私はその物体を見やった。
そこには昨日と同じ青色のボトルが砂浜に埋まっていた。私は思わず辺りを見回す。私の後ろには海の家が建っている。うん、昨日と全く同じ場所だ。昨日拾ったボトルもこの海の家の前に埋まっていたのだ。
目の前の砂に埋まっているボトルは、昨日のボトル以上に綺麗な青色をしていた。しかし、こんなにも目立つボトルがなぜほかの人には拾われないのだろう。
ボランティアに参加している人はもちろん私だけではない。今日参加している人だけでも30人は居る。しかも、つい先ほどここを通り過ぎて行った参加者を3人程見ているのだが、誰もここで立ち止まる様子はなかった。
まるで私に拾われるために、このボトルは存在しているのではないかとすら思えて来る。
そう思うと、段々とこのボトルが気味の悪い物に見えて来た。
しかし、こうもしていられない。ゴミである以上私はこのボトルを拾わなければいけない。
私は昨日の反省を生かし、トングを使わずに軍手をはめた手で直接持つ事にした。これならば落とす事無くゴミ袋に入れる事が出来る。粉々になったガラスを拾うのはもうごめんだ。
あろうことか、今日のボトルは昨日を遥かに上回る脆さだった。手が触れた瞬間にそのボトルは粉々に砕け散った。
「うそでしょ……」
私は唖然とする。手が触れただけで割れるボトルなんて見た事が無い。その粉々になったボトルの中からまた一枚の紙が出てきた。「またボトルメールか……」昨日もそうだが、自分宛ではない手紙を見るのは、他人の内面を覗き見る様で気持ちが良い物ではない。罪悪感は無いが、ただ気持ちが悪い。だから私はこの紙に書かれているであろう内容を見たくは無かった。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、紙を拾おうとした時には文字面が”私を見て”と言わんばかりにこちらを向いていた。見たくなかったのに……。結局その内容を私はまた見てしまった。そこに書かれていた内容はこの様なものだった。
〈返事を頂戴って言ってるでしょう? なんでくれないの? 分かったわ、もうこうなったらあなたの家に行く。あなたの家は知ってるわよ。私にあんな事をした場所だから〉
ドクンと心臓が跳ね上がった。昨日と同じ筆跡で書かれたその手紙は、まるで私がした過去の行いを見透かした様な内容だった。
「いや、そんなはずは無い。あの事は誰にも知られていないはず。大丈夫、落ち着け私」
私はそう口にし、冷静さを取り戻そうとした。
だってそうだ。これはただ偶然に内容が私の現状に近いだけの、私には何の関係もないボトルメール。私は必死にそう自分に言い聞かせ、その紙をゴミ袋にしまった
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