魔術師の私とメイドの晶子さん
緑窓六角祭
[1] 魔術
私が10歳の時に両親は死んだ。
驚いた。父母より強い存在がこの世界にあるとは思っていなかったから。
冬の寒い日だった。雪は降ってなかったと記憶している。
学校から帰ってきたら家の中が静まり返っていた。物音ひとつなしに。
なんとなく嫌な予感がした。その感覚が何に基づいていたのか今となっては解析しようがない。
リビングの扉を開ければ死体が2つ転がっていた。完全にこと切れており手のつけようがなかった。
父と母はいずれも銀のナイフで心臓を一突きされていた。
それ以外に外傷どころか争った形跡もなく、まったくその手口は鮮やかきわまるものだった。
両親は機関に所属する魔術師だった。
機関は魔術師によって構成される組織だ。魔術の継承を主な目的として設立された。
あるいは土地を支配する魔術師たちの連盟とも言える。父母もまた辻見の地を魔術師として管理していた。
魔術は機関によって秘匿されている。それは秘匿によって価値が上がるものであり、また万人に使用できるものではないためいたずらな公表は混乱を招くとの理由から、一般人にはその存在が隠されている。
2人の死は表向きはただの殺人事件として処理された。
親類はなく財産はその1人娘である私に引き継がれた。
といって物事がすべてすんなりと進んだわけではない。
常人のあずかり知らないところでかなり面倒なことがあった。
今思えばかなりぎりぎりだった。どれかひとつでも条件が欠けていたら結果は違っていただろう。
辻見の地は管理者死亡によりその独立を奪われるところだった。
機関が没収して直接管理する話も出ていたし、周辺地区は周辺地区で自分の領地に組み入れてしまおうと虎視眈々とその隙を狙っていた。
独立を維持できた理由は主に3つ。
地域としての特殊性。支配形態が通常と異なっており、むやみに管理者を変更するのが望ましくなかった。
隣接区管理者による支援の表明。父の弟弟子にあたる人で自分が後ろ盾になるから独立を維持すべきだと主張してくれた。
私自身の魔術の習得。両親の死亡時にすでに私は魔術の初歩を学んでおり、完全とはいえないが、管理者としての資格を有していた。
6年の月日が流れてようやく私は辻見の正式な管理者になることができた。
それによって明確に何かが変わったかというとそんなことはないけれど、ひとつの節目として感慨深いものがあったのは確かだ。
柄にもなく墓参りして両親にそのことを報告したりもした。
ホームルームが終わって先生が教室から出ていく。生徒たちもまた部活に精を出すもの帰宅するもの、それぞれに散らばっていく。
1か月もたてば人間は順応する生きものだ。黒のロングスカートに白のエプロンドレスのあからさまにメイドな女性が現れても騒ぎもしない。
彼女はまっすぐに窓際の私の席までやってくるとうやうやしく礼をした。
「明菜様、お迎えに上がりました」
晶子さん。今年で24歳、もしくは23歳、ひょっとすると25歳?
艶のある黒髪を肩の上で綺麗に切りそろえる、同じく黒い瞳は鋭く冷たい印象を相手に与えるかもしれない。
実際に情の薄い人かというと決してそんなことはない。両親の死後もこうして私のことを面倒みてくれている。もちろんきちんと給料は出しているが。
正直なところ小中学校の頃は晶子さんが迎えに来るのがすごくやだった。はずかしくて。
どうにか撒いて帰ろうとして策を練ったことが何度かあった。変装するなり門以外のところから出るなり。
いずれも失敗に終わったが。いつのまにやら私の背後に彼女は立っていた。
余計な手間をかけさせたなと最近になって思う。私も少しは成長したということだ。まあ面と向かって感謝を伝えられるほどには成長しきれていないけれど。
メイドを従え下校する。私はこれでも容姿だけなら金髪碧眼つり目ミディアムロングとわりといいところのお嬢様っぽいかもしれない。
ただし実状は違う。自分の研究成果を売っぱらって小銭を稼いだり両親の遺産を切り売りしたりでなんとかかんとか暮らしている。
私は両親が教えてくれた基礎から先はだいたいのところ独学で魔術を磨いている。
隣区の管理者である切原さんを頼ってばかりもいられない。残された文献を相手に悪戦苦闘の毎日だ。
将来的には魔術の本場に留学したいなんて考えているが貯金には程遠い。
ちなみに領地の管理をしても機関は金銭をくれるわけではない。土地から発生する魔力を自由に扱う権利を得られるだけだ。
魔術師にはそれで十分とも言える。
機関に所属するメリット・デメリットはあるが私としてはこのまま機関に入っている方が何かと利点が多いと判断している。現時点では。
学校から離れて人気のない道。今日の天気を聞くような気軽さで私は晶子さんに尋ねる。
「地脈の流れはどう?」
「自然の揺らぎの範囲内ですが乱れがあります。調査の必要があるでしょう」
「了解。そういうことならさくっと片づけちゃいますか」
私は制服のままメイドを引き連れ街の探索に乗り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます