オカルト研究会の先輩と後輩
緑窓六角祭
花子さん
「トイレの花子さんって知ってる?」
「個人的な知り合いではないですが、話ぐらいなら聞いたことがありますね」
「奇遇だね、私も同じだよ。でさ、さっきそこのトイレで試してきたんだけどね」
私が静かに本を読んでいたところ、いきなり現れた先輩はそんなたわけたことを言い出した。
先輩といっても身長は同性の私より頭1つ分低い。小学生に見られることを気にしているくせに髪型は幼い感じがするおかっぱ。ブレザー+スカートの制服の上にはいつもなぜだか白衣をはおっている。
ここがオカルト研究会の部室であることを考慮に入れれば私より先輩の方が正しいことをしているのかもしれない。これについては面倒だから深く考えるのはやめておく。
「へー、どうでした?」
興味なさそうに(実際興味がないわけだが)私は聞き返す。とりあえず先輩が満足するまで相手をしないとろくに本も読めない環境になるとわかっているから。
「めっちゃ激しくノック返された」
「それ普通にだれか入ってただけですよ。すごく迷惑です」
「そっかー、申し訳ないことしたなー」
「仮に本物の花子さんだとしてもだとしても、トイレ中に何度もノックされたらキレますよ」
トイレに入ってリラックスしている最中に激しくドアを叩かれたら――例え呪い殺されても文句は言えないだろう。
先輩は立ったまま天井の隅あたりを見つめている。別段そこに何かがあるわけでもなくて考え事をする際にだいたいそのあたりに視線を合わせる癖があるだけだ。
「だったらどうすれば花子さんに気分よくでてきてもらえるのかな」
「うちの学校のトイレってドアが閉まってる時点でだれかが入ってるのわかりますよね」
「うん、そういう形式のやつだ」
「それなのにノックしたり声かけたり、どっちにしろうざいでしょ」
「そこをなんとか気分よくでてきてもらえる方法を考えて欲しい」
難しいことを言う人だ。一応私の方でもほんの少しぐらいは考えてやることにしよう。
といっても大したアイディアは浮かばなかった。私はその事実を包み隠さず言ってやる。
「静かに待ってあげてください。もちろん適切な距離をとって」
「トイレの前で待ち伏せされるのもプレッシャーだからねー」
納得してくれたようで何よりだ。
と思っていたのに唐突に先輩がこちらを手で制してきた。
「待ってくれ」
待ってくれも何もこちらは特に何をする気もなかったわけだが、おとなしく聞いてやることにする。無駄に反論するよりそっちの方が話が早く片づく傾向がある。
「花子さんって別にトイレ利用してるわけじゃないのでは?」
「じゃあ何してるって言うんですか」
だれもが抱く当然の疑問を提示しておく。先輩はその当然の疑問をまるで想定してなかったみたいに目を見開いてから、ぽつりと苦し紛れの答えを返してきた。
「スマホいじってるとか」
「現代的ー」
「花子さんだって時代の流れにあわせて変化するんだよ」
この人はいったい花子さんの何を知っているというのだろうか?
「だいたいなんでトイレに住んでるんだろ」
先輩にしてはもっともな疑問だった。考えるに値するかはさておき。
「住んでるわけではないと思いますけど。トイレは境界がどうこうみたいな」
「いやそういう話がしたいんじゃないくって。必要にかられて行くことはあってもあそこにずっといたいとは思わないでしょ。ってことは花子さんの側だってトイレから出たいと考えてるはずなんだよ」
「そうかもしれませんね、よくわかんないですけど」
よくわかんないと言えばなんでこんな話をしているのか初手から私はよくわかってないのだが。
「だとしたらこっちが上手に誘うことができたら出てきてくれるんじゃないかな」
「多分そう、部分的にそう」
「なんか相槌適当になってきてない?」
「よくわかりましたね、正解です」
変なところで察しがいい人だ。そのおかげでこちらはそれなりに話に集中する必要があるわけだけど。
「大事な話だからちゃんと聞いてね。向こうは年単位でトイレに引きこもってる筋金入りなんだよ。そんな相手に私みたいなアマチュアがどうにかできるのかな」
「確かに。下手に手を出したら余計に引きこもる事態になるかもしれませんね」
うん、話が余計に妙な方向に向かっているな。いやまあスタート地点からしてあらぬ方向へと走り出してたわけだから、それを考えればこの妙な方向こそが正規ルートの可能性もあるかも。
「よっしゃ今からプロの人に相談してくる!」
先輩は部室に入ってきたとと同じく勢いよく部室から出ていった。
私はため息をひとつついてから立ち上がって扉を閉めてやる。くだらない話に付き合うのはいいとしても、扉を開けっ放しにしないとかそのぐらいのところは守って欲しいところ。
数十分後カウンセラーの先生から本を借りてきた先輩はその日は下校するまでじっくりそれに取り組んでいたが翌日には花子さんのことをすっぱり忘れてしまっていた。私はと言えばカウンセラーの先生に借りた本はちゃんと返したのかそれだけ心配になった。
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